禁希

lampsprout

禁希

 風の吹き荒ぶ初秋、ある村の教会で1人の少女がすすり泣いていました。前に置かれた石造りの棺の中には、見目麗しい青年が花束に囲まれ横たえられています。

 2日前の嵐で、少女の婚約者が不慮の死を遂げてしまったのでした。そして葬儀を昼間に終えてからも、彼女は亡骸に縋ってずっと泣き続けていました。天涯孤独の少女にとって、亡くなった彼だけが生きるための道標だったのです。



 夜が更けて零時の鐘が鳴ったとき、少女の背後に異様な気配が現れました。しかし、異変を感じて振り向いても、何も見えません。

 奇妙に思いつつ、少女が再び棺の方を向いたときです。彼女は驚いて息を呑みました。


 そこには、悪魔が立っていました。蝋人形のごとく生白い肌の顔は、天使のように整っています。美しい容貌とは対照的にぼろぼろに破れた外套の頭巾からは、真っ黒な縮れ毛が覗いていました。


「お前の願いを叶えてやろうか?」


 麗しい女の姿をした悪魔は、地を這うような声で言いました。怪訝そうに見上げる少女に、悪魔は言葉を続けます。


「俺がその男を復活させてやる」

「……本当に?」

「ああ」


 少女の疑わしい目を意に介さず、悪魔はさらに付け加えました。


「ただし、条件がある。お前が死んだ後、お前の魂は俺に喰らわれるんだ」

「……魂を」

「さあ、どうする?」


 ほんの少し逡巡して、しかし迷いなく彼女は決断しました。よくわからない死後のことよりも、彼と歩むこれからの人生のほうが大切でした。


「お願いします」

「了解した」


 悪魔はにたりと嗤い頷きました。


 そうして青年を復活させるため悪魔に魂を売った少女は、もう1つ約束をしました。


「蘇るまでも、その後も、――――と口にしてはいけないよ」

「……わかりました」


 どうしてそんなことを、と怪訝に思いながらも了承した彼女は契約を交わし、復活の日取を告げられました。

 悪魔は、聖夜に青年は蘇ると言い残し、瞬く間に教会から消え去りました。


 それから幾日も、彼女は青年が眠る棺に足を運び、祈りを捧げました。幾度も彼の冷たい頬や髪を撫で、時が満ちるのをただ待ち続けました。悪魔に騙されたのかもしれないという不安を感じながら、最後の希望に賭け続けていました。



 そして待ちに待った聖夜、零時を知らせる鐘が寒空に打ち鳴らされました。

 教会の中ではとうとう蘇った青年が目を覚まし、少女は涙を滲ませ抱きつきました。


「ありがとう」


 切なげに笑う青年に口づけられ、少女の口から嗚咽が漏れ出します。泣きながら彼女は彼に願いました。


「これからは、『ずっと一緒にいて』ね」


 ――そう言い終わった瞬間、少女の腕の中で青年の身体が炭に変わり崩れ落ちました。

 呆然とする彼女の目の前で突風が吹き、黒い破片が全てどこかへと運ばれていきます。


『蘇るまでも、その後も、ずっと一緒にいてと口にしてはいけないよ』


 ――禁じられた望みを唱え契約を違えた彼女は、彼を悪魔に奪われてしまったのです。


 寂れた教会には、遺された少女の絶望に満ちた叫びだけが響き渡ったのでした。

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