あるイブの日、コンビニ店員のクリスマス

一条 飛沫

第1話 イブのシフト そして……

 「俺が払うからいいよ」


「いや、私が払うわよ」


「い〜や!俺が払う!いや、払わせろ!お前は彼女なんだから。」


「も〜う」


目の前の女性が頬を赤らめる。一体僕はクリスマスイブのまっ昼間から何を見せられているんだ。ただでさえ頭が痛くてイライラしているのにこれ以上イライラさせないでくれ。まあ、頭が痛いのはカフェイン中毒であるところの僕が朝から一杯もコーヒーを飲んでないからかもしれないが、やはり原因はそれだけじゃないだろう。クリスマスイブの日に真っ昼間からシフトを入れられ、こんな世の中のカップルどものイチャイチャ具合を見せつけられているのだから。


頭が痛い。ズキズキと痛む。僕が痛む頭を押さえていると、


「またぎれ?コーヒー休憩行って来ていいわよ。」


「カフェインが切れたことをヤニ切れみたいに言わないでくれ。そしてただの休憩をタバコ休憩みたいに言わないでくれ。」


同い年、同じ大学に通う同級生の田中さんがいつものごとく僕をからかってくる。


「あら、中毒ってところは同じでしょ?」


うふふと笑いながら来たお客さんに対応している。彼女の接客はとても評判がいい。レジ打ちは早く、言葉遣いも丁寧で何より美人だ。彼女はうちの大学でミスコンに選ばれるような容姿をしている。それに中身もそれほど悪くわないと思う。それなのに彼女も今日シフトに入っている。彼氏と予定が合わなかったのか、それとも何か別の理由があるのか非常に気になる。いっそのこと思い切って聞いてみるか。


「なあ、田中さん。あの……聞きづらいんだけど……」


「あら!デリカシーのないあなたが気を使うなんてどうしたの?」


「はあ?!せっかく気を遣おうと思ったのにやめた。もういい。今日は彼氏とデートじゃないのか?」


僕の質問に彼女は少し不思議そうな顔をしたあと、なんでもないような顔をして答える。


「彼氏なんていないわよ。」


「え?!……田中さんモテるでしょ?彼氏は作らないの?」


「う〜ん、好きな人はいるんだけどね。その人が鈍感で私の気持ちに気づいてくれないのよ。今日だって頑張って話しかけてるのにまるでなんでもないように受け流されちゃうし。」


「へ〜。鈍感な人もいるもんだな。」


「………………」


なんだ今の間は。何かおかしなことでも言ったか?やばいやばい。このままじゃ気まずくなる。話を盛り返さなければ。


「ちなみにその好きな人ってどんな人?僕は知ってる人?」


「多分知ってると思うわよ。その人はね……いつもはボーッとしてるくせに私が困っていると助けてくれるの。それでいて助けるのは当たり前みたいなことを毎回言い残して行っちゃうの。そんな姿がかっこいいのよ。」


紅潮させて好きな人のことを話す彼女はとても可愛い。恋する乙女は美しいというが、まさにこのことだろう。


「へえ〜。いつかその人と付き合えるといいね。」


「うんそうねー」


どうした。さっきまで思い他人びとを語る彼女は上機嫌だったのに急に不機嫌になったぞ。今日の彼女は感情の起伏が激しいな。ここはちょっと逃げさせて貰おう。ちょうどお客さんの少ないタイミングだ。僕は休憩してくると告げ、バックルームでホットコーヒーを啜りながら考える。


 それにしても僕が知ってる人でそんな人いるかな。う〜ん 分からない。まさか実は好きな人は僕でした。とか…………ないか。そんなくだらないことばかりを過ごすうちに休憩時間が終わりを迎える。次は田中さんに休憩に入ってもらおう。そんなことを考えながらバックルームからでる。


 「田中さ〜ん。次、休憩行っていいよ〜。ん?」


「すみませんシフト中なのでやめてもらっていいですか?」


「いいじゃん。そんなの。サボっちゃいなよ。それより俺たちと楽しいことしに行こうよ。今日はクリスマスイブなんだよ。」


また絡まれている。彼女はあの美貌ゆえよくナンパにあうらしい。それはコンビニでバイト中でもだ。今日も二人組の男に絡まれている。商品を並べているところを捕まったようだ。


「あの、仕事中なんでホントにやめてもらえますか!」


「ええ〜行こうよ〜。いいかげんにしないとつれて行っちゃうよ〜。」


そうやって一人の男が彼女の腕を掴み、無理矢理つれて行こうとする。


「ちょっとやめてください。警察を呼びますよ!ちょっとお願い!やめて!」


「あの〜お客さん。彼女嫌がってるんでやめてもらっていいですかね?」


やってしまった。まただ。絡まれているのを何度か助けたことはあるが、正直に言うとこう言う人たちマジで怖い。それに今回の人たちは刺青とサングラスで怖さ3倍増しだ。それでも男なら女の子を助けるのは当たり前だ。これはうちの教育方針である。そのため勇気を振り絞って立ち向かう。


「あ!?なんだテメエ!何様のつもりだよ!」


「いや〜何様なんでしょうね〜。自分でも分からないっす。じゃあ逆に聞きますけどあなた達は何様なんですか?お店でギャーギャーと周りのお客さんも迷惑してるの分からないんですか?」


「うるっせぇな!店長出せや!」


「申し訳ありません。店長はただいま非番ひばんでして。今の時間の責任者は僕なので何かありましたら僕にお申し付けください。」


「ちっ!話にならん!帰る!」





「ふ〜。 なんとかなった。」


二人組の男がドアから出て行ったのを確認し、安堵の息を漏らす。今回はかなり怖かったな。あそこまで行ってきたのは初めてだ。


「怖かった………」


ん?背中に何か柔らかいもの。僕の胸には後ろから回された腕。あの〜もしかして………


「すき……」


とても小さく囁く声が聞こえる。客のいない店内に静寂が訪れる。見ているのは監視カメラだけ……


僕はどうやら少し早いクリスマスプレゼントをもらったようだ。





ちなみに後日、店長からの祝福を受けた。




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