おふくろの味

@tomo_64

おふくろの味

 私の母はそれはそれは仕事人間で毎日朝早くから夜遅くまで仕事をしていた。私が幼少期を過ごしたのは昭和後期から平成にかけてで、昔ほど女性がバリバリ仕事をすることが不思議ではないものの、今ほど多くはなかった時代だ。それに私の住んでいた所は田舎街で、まだまだ母親は家で家事や育児をすることが普通だった。それがなんだか私には寂しかった。

 私は両親と三つ離れた姉と一緒に暮らしていた。父も同じように仕事人間で、家事は姉と私の仕事だった。料理に関しては、まだ幼かった私たち姉妹に包丁や火は任せられないと、母が遅くなって作るなり、スーパーの惣菜を買うなりして食べていた。冷たくなったお惣菜を温め、ご飯と一緒によく食べていた。それでも母は絶対に家族四人で食卓を囲むことにこだわっていた。よく帰りが遅くなることを子どもたちに謝っていた。

 高校に上がるとお弁当が必要となる。母が買ってきてくれた惣菜を自分で詰めて持って行くことが毎日の日課だった。クラスの友人たちは母親の手作り弁当が普通で、惣菜が入っていることもあるが毎日ではない。誰に言われたわけでもないが、私は自分のお弁当を誰かに見られまいと隠すように食べていた。


 日は経ち、私も成長し家庭を持った。母と同じように仕事に就き、朝から晩まで毎日忙しく働いている。ただ一つ母と違うことは、絶対にお惣菜や冷凍食品なんかを自分の娘には食べさせないことだ。コンビニなどでも普通にお弁当が気軽に買えるが、それだけはしたくなかった。自分の娘には手作りのご飯を食べて欲しかったのだ。

 しかし時代は変わり、母も父も性別など関係なくご飯は作るし、仕事に行く時代となった。逆に毎日高校に手作りお弁当を持って行く子の方が珍しいらしく、娘は度々学食で食べたいと駄々をこねることも増えた。その時はやっぱり作る手間が省けて楽だなと感じる。でもこれは私の意地でもあるので料理は作り続けた。旬の食材を取り入れることを心がけ、誕生日やクリスマスなどの他、年中行事の時には特別豪華な料理を作った。娘や夫の喜ぶ顔が見たかった。よく洗い場から笑顔で食べている二人を見ていた。片付けに時間を取られ一緒に食べようと言われてもこれは私の仕事だからと断っていた。でも二人の顔を見るその時間は確かに私にとって大切な時間だった。両親どちらも働いていても、寂しい思いを娘にはさせたくなかった。


 そして2018年の年末である。大晦日に向けて料理だけでなく大掃除もしなければならない時、私はちょうど体調を崩してしまった。仕事の疲れが出たのだろう。ただの風邪であったが頭痛と咳が止まらず、おせちの材料なども満足に買い物に行くことができなかった。夫に材料のお使いを頼んだが、無理して作らなくていいからと断られた。

 今まで続けてきた私の頑張りが無駄になったような気がした。せっかくの年末年始に豪華な料理が作れないことに申し訳なさを感じるほどだった。もちろん夫も娘も私を責めることはなく労ってくれた。今までお母さんに料理を習ってないツケが出た。と娘と夫がスーパーのお惣菜と握ったおにぎりを申し訳なさそうに差し出してくれたが、それが余計に辛かった。塩辛いおにぎりを落ち込みながら一口一口ゆっくりと食べた。


 そして大晦日の夜。熱もなく咳もおさまった私を娘が一緒にそばを食べようと呼び出した。台所に行くと机の上に三つの緑のたぬきが置かれていた。夫は後二分ぐらいだと時計を見ながら言った。

 その光景がなんだか懐かしかった。忙しい母は毎年大晦日には緑のたぬきと、母なりの得意料理だった南瓜の煮物とほうれん草のおひたしを付け合わせで用意してくれていて、それを四人で囲って食べていた。

 たまにはこう言うのも良いよねと笑う二人の顔を見て、私もやっと笑顔になれた。無理をして作った料理より三人で笑いながら食べるご飯の方がずっといい。これからは一緒に料理して一緒に食べたいと言う二人の言葉が温かく胸に響いた。


 緑のたぬきの蓋をそっと開ける。温かな湯気が上り、ふっくらと美味しそうな天ぷらが見えた。箸を手に取り蕎麦を食べる。一口頬張る。あの頃と変わらない懐かしい味がした。家族三人で囲む食卓はどんな料理にも敵わない。幸せで包まれていた。

 年が明けると母に会いに行こう。そして一緒にご飯を食べよう。香ばしいえびの香りと豊な出汁の香りが私を包んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おふくろの味 @tomo_64

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ