尋問
「ご足労頂き、ありがとさん。一服どうよ?」
「煙草はやらない」
「あっそ。こっちは遠慮なく吸わして貰うけど」
狭い取調室に、オガワが吹き出した煙の匂いが満ちる。口の端に細い煙草をくわえたまま、オガワはデスクの正面に座った路黒を見つめた。
「で、どこ行くのお兄さん。上層階に何か用事でもあるのかよ」
「仕事だ」
「へぇ、お得意の黒魔術関係?それとも、また犯罪者を見つけてブチのめすつもりかい」
皮肉を含んだ物言いに返事をする気にならず、路黒は周囲に視線を漂わせた。
灰色の鉄板で囲まれた無機質な室内には、隣のスペースからこちらを覗くためのマジックミラーと、容疑者を威嚇するためなのか、わざと拭き残されたと思しき床の血痕。
「ま、何でも構わねぇや。おい咒骨商」
ぐい、とオガワが顔を近付けた。
「昨日、
ブラフだ、と路黒は読んだ。近辺に監視カメラは存在せず、余計なトラブルを嫌う住民が通報したとも考えられなかったからだ。
恐らくは衝突後の現場を『街の眼』が捉えた、といったところか。
「散歩中に襲われたから返り討ちにしただけだ。武器も使ってない」
「暴れすぎなんだよ。過剰防衛もいいところだ。おまけに証拠の違法銃も手榴弾でバラバラにしやがって」
「回収しやすいようにゴミ箱に入れたら勝手に炸裂したんだ。ピンが緩んでたんじゃないか」
途端に、拳がデスクの上に叩きつけられた。スチール製の天板が大きく歪んでいる。赤い髪を逆立てて、鬼が吠えた。
「ナメた事言ってんじゃねぇぞゴラぁ!」
ぐるるると喉から唸り声をあげるオガワの燃えるような視線を受け止めながら、路黒はどちらが虎かわからんな、と呑気なことを考えている自分に苦笑した。しかし、このままだらだらと時間を潰している訳にもいかない。
「過剰防衛だというなら被害者を連れてきたらどうだ。無理だろうがな」
路黒の冷静な言葉に、オガワは明らかにたじろいだ様子を見せた。
「どうせ俺が
「……ぐぐ」
「連中は離反者に制裁を加えようとした。俺は抵抗して生き延びた、それだけだ。それともケチな器物損壊で捕まえるか」
古物商に侵入した事実や、阿賀美から依頼された仕事絡みであることを伏せて路黒は語った。
管理局がそれらの情報を掴んでいないと踏んでの発言だったが、その予想は当たっていたようだ。
オガワは噛みつく寸前のような表情を崩し、床にすっかり短くなった煙草を吐き捨てるとデスクに両足を乗せ、頭の後ろで両手を組んで天井を仰いだ。体重を掛けられたパイプ椅子がみしみしと啼いた。
「あーあ、クソが。だからコイツの相手はしたくなかったんだよ」
心底、面倒くさいという口調でため息をつく。どうやら話は終わったようだった。
だが。
「迷惑をかけたな。日陰者同士のトラブルだ、忘れてくれ」
椅子から立ち上がり、取調室を出ようとした路黒の足は、その背に投げられた言葉で動きを止めざるを得なかった。
「例の花束殺人鬼な。死んだぜ」
「……そうか」
「意識が戻ったと思ったら装着された義手が誤作動起こしてさ。テメエの頭を自分で引き抜きやがった」
この時、室内にいたふたりの脳裏には同じ単語が
辰陽会。
管理局が支配する病院内での出来事である。単なる事故であるはずが無かった。
内通者がいたのか、それとも外部から侵入されたか。
いずれにせよ、あの男が自分の動機や役割とやらについて語ることは、最早永遠に無くなったということだ。
「もう
「ひとりの狂人の
「そーゆーこった。オマエも長生きしたいなら余計な詮索はやめておきな」
今度こそ路黒は取調室の扉を開け、外に出た。つまらなそうな表情のオガワを置き去りにして。
明らかに路黒の足止めが目的であった。管理局を動かしてまで、厄介払いをしたがった者がいるのだ。それが果たして件のルーシーレイン女史――エスの仕業なのかどうか。
確かめてやろう、と路黒は思った。
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