彼女のチョイス
鈴音
第1話
俺の彼女は料理ができない。
これだけで下手をすれば将来的なことを考えない輩もいるかもしれない。それを知ったのは大学生初めての冬に風邪をひいた時である。携帯で風邪をひいたから今日の授業は出ないと報告すると冷えピタやらウイダーやら沢山持ってきたまでは良かったが、その中に何故かよく街で見かけるラベルがあったことと彼女との会話でことの次第は発覚した。
『けーくんは赤いきつねと緑のたぬきどっちがいい?』
『は?』
咳が辛い中何を聞いてくるんだと一瞬驚いたが風呂敷を広げて一人暮らしの俺の部屋で慌てている姿を見て察した。この子は家事はからきしなんだろうと。
『赤いきつねで』
『じゃああたし緑のたぬきにする!』
冷えピタを渡し、その他食料品を冷蔵庫に入れると普通ならここで雑炊を作るのだろうがそんな贅沢は言っていられない。何よりこんな時に地方から出てきて一人で全てを賄っていた俺の家に来てくれるだけでもありがたいのだ。
『できたよ!これ食べたらお薬飲んで寝てね!』
そういうと自分の分もちゃっかりとベットサイドに置いているのだからそういうところはしっかりしていると思ったその時である。
『ねぇ』
『何?』
『なんでそんなに豪華なの?』
確かにメッセージには医者に行ったことと数日前にした検査が陰性であったことは伝えた。その際逆にレアだと言われたものだが、接触しても大丈夫そうだから見舞いに行くとは聞いた。聞いてはいたが、彼女の緑のたぬきには追加トッピングで天かすやネギなど明らかに付属ではない食材が付け加えられているのか。出汁の香りとネギの香りがいい塩梅になっていた。豪華な麺が出来上がっていたのである。
『だってお腹空くもん。若いから』
『同い年だろ。どっから持ってきたんだよその食材』
『けーくん食材余らせてたしこのままだと悪くしちゃうから勿体ないもの』
前言撤回。恐らく彼女は俺の冷蔵庫の食材の余りを求めてやってきた。ここまで来ると見知った仲以上に何か突っ込むところがあるのではないかと言いたくなるのだがそんな気力もない。ただただ脱力していると彼女は呑気に話しかけてきた。
『なんできつねとたぬき選んだかわかる?』
『わからん』
『けーくんきつねとたぬきコンビみたいって言われたの知らないでしょ』
『知らん』
『けーくん自分のこと喋らないから胡散くさく見えるんだって。それにあたしがぼんやりしてるから余計にお似合いなんだって』
スン、と鼻を濡らす彼女。あれだ。よくサークル内で勝手に可愛いランキングとか作って流布するのと同じやつだ。前に彼女が勝手にランキングに入っていたことを注意した奴らが好き勝手に言ってたんだろう。おまけに胡散臭いうんぬんなど失礼にも程がある。学業を怠ってこんな例えは大分失礼なのではないだろうか。そんな輩に自分のことなど喋るわけもないのに彼女のことにまで口出しするとは。
『……そんな理由で?』
『……』
縮こまる彼女。そうなら早く言えばいいのにと言いかけたが『お蕎麦とうどんけーくんと食べたかったのは本当だよ。しばらく会えてなかったもの』なんていう始末。学部の飲み会には行きたがらないのにこういうところなのだ。ため息をつくとこう言った。
『結衣は俺の彼女なんだから気にしない。彼氏が体調不良なのに連絡したらすぐ来てくれただけで最高の彼女なんだよ』
『うん』
結局その後俺の言葉に機嫌を直したのかケロッと治った結衣は泊まってっていいー?風邪ひいてんだから駄目だろ!というやり取りをしても聞いてくれず結局泊まっていったのは記憶に新しい。でも結衣なりに心配してくれたのはわかっているし、そのあと心機一転とばかりに翌朝雑炊を作ろうとして鍋を焦がしてしまい、追い赤いきつねと緑のたぬきを作ったことはよく覚えている。
「んなこともあったなぁ」
「ねー!赤いきつねと緑のたぬきどっちにするー?」
皆寝静まった深夜の背徳。毎年の恒例行事。ソファで待っていれば覚えのある出汁の香り、そして出汁と追いトッピングが最高なのだ。
「今年は何入れた?」
「鴨肉追加!けーくんこの前食べたいって言ってたから」
「油が染みてて絶対美味いやつ」
「じゃーん!今年は天かすもある!更にけーくんが作ったきんぴらごぼうも加える」
「最高」
「じゃあ今年も」
「いただきます」
俺の奥さんのチョイスは完璧だからだ。
彼女のチョイス 鈴音 @suzu7ne2
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