第78話

 国境の小高い丘より望む景色を示しながら時義は馬上より高らかに呼ばわる。

「見よ、そなたらの眼前に広がるこの麗しい地を」

 時義の愛馬も昂った様に首と尾を振り足踏みをする。

「されど聞き及んでおるであろう、かの地では地獄さながらの責め苦が民草を苛んでおると」

 隊列の前を行きつ戻りつしつつ、時義は兵ひとりひとりに訴え掛ける様に叫んだ。

「我は父上に幾度となく訴えた。民草の苦しみをご覧あれ、嘆きをお聞きあれと。我は幾度となく請うた、我をして民草を救わしめ給えと、共に在りさせ給えと。そして我は待った。ひたすらに待った。父上が我が衷心より出る叫びをお聞き届けある時を。我に宝刀をお授け下さり存分に働けと御命じある日を。されどその様な日はついぞ訪れなかった。父上は老いた。最早その様な気概をお持ちではないのだ。我はもう耐えられぬ、これ以上一刻も耐えられぬ。ただ手を拱いて民草の窮状を傍観しておる事にはもう耐えられぬのだ」

 時義の双眸には光るものがあった。それを見た兵の中にも、堪え切れず落涙する者もいた。

「所詮隣国の事ではないか、と思う者もおるであろう。その者はここに留まっても構わん。責めはしない。されど我と共に行かんと言う者は力を貸してほしい。そなたらの命、我に預けては呉れまいか?」

 時義は抜刀し剣を頭上に翳した。それは早朝の陽を受け涼やかに輝いた。

 兵たちが、一兵の脱落者も出す事なく地鳴りの様な歓声を挙げた。

 時義は馬首を廻らすと丘を駆け下りて行った。

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