プロローグ
丹波真太は、妻の花恵に突き飛ばされ、テーブルの脚の角にかかとを打ち付けた。
困惑と痛みで脳内が混乱する。
そんな夫に、花恵は息切れしながら言い放った。
「もう……もうイヤ。我慢できない」
ブラウスの袖で、口を拭いながら、花恵は涙目になる。真太はギョッとした。
「何だよ?いきなり、泣きそうになってるとか、意味わかんないし」
真太が花恵に近づこうとすると、さらに後ずさりされた。その行動が、夫である自分を拒絶したものだと判断するや、真太の中で何かが弾けた。
「おい、その態度は何だよ。言いたいことあるならハッキリ言えってば」
「良いの?ハッキリ言って良いのね?」
花恵は口を歪ませ、一度だけ下を向くと、今度は意を決したような鋭い目で真太を見つめ返した。
「気持ち悪いの!嫌いなのよ!真ちゃんのキスは、全然、嬉しくないのっ!」
泣きながら座り込む妻を前に、真太は言われた単語を脳内で整理した。
気持ち悪い。
キライ。
うれしくない。
「は、はあっ?」
突然の告白に、真太は一瞬言葉を失う。しかし、すぐさま事の重大さを理解した。
「気持ち悪いって……おれたち、結婚して一年、付き合い始めから数えたら、もう三年近く経つんだぞ?今さら何を」
「最初は良かったの。でも、今はもう、我慢できない。もうイヤなの」
「何がどうイヤなわけ?キスがイヤとか……お前、おれのこと愛してないってのか?」
「そうじゃないよ!どうして、すぐに愛してないって決めつけるのよ!」
「だって、相手のことを何でも受け入れるのが夫婦ってもんだろうが!」
「だったら、私のこの気持ちも受け入れてよ!」
「嫁に気持ち悪いと言われて、簡単に受け入れられる旦那がいるかよ!」
「だったら、もういい!知らない!」
「ああ、そうかよ。勝手にしろ、バカ」
「……出て行く」
花恵は真太を憎らしげに睨みつけると、さっさと支度をして勢いよく玄関を出て行った。
ダイニングテーブルに用意された自分の誕生日を祝う料理たちをボンヤリと眺める。
のんきな鳩時計の音が七回。
夏の終わり、土曜日の夜のことだった。
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