第3話 優奈と春香

昨日、春香から『好きだよ』って言われた。

聞き間違いだったのか? いや違う、はっきりと彼女は私の耳元で言った。

放課後、部室で二人っきりになっても彼女はそのことには触れなかった。

春香。あれは冗談だったの?


なんとなく春香の方を見つめていたら、思わず目があちゃった。

にっこりと春香が笑う。

でも、その先には何も発展しなかった。

すぐにまたけらけらと友達と笑い話している。

なんだかすっごくもどかしい。


『好き』っていうくらいなら、何か話しかけてくれたっていいんじゃないの!

べつに無視……て言う訳じゃないけど。―――――にこって笑ってくれたから。

そうじゃないでしょ。こんなに放置プレイされるんだったら、言わないでよ『好きだよ』なんて。

それに私から話しかけるのもしゃくだし。――――む、無理だし。

でも春香の事見てるとドキドキしている自分がいる。


顔が熱い。

「はぁ―」

女の子同士の恋愛かぁ。

ある意味自分も望んでいるこの展開に、早く先に進みたいという想いがわいてくる。


「愛は支配しない、愛は育てる」

ゲーテの名言。


どうしたらこの愛を育てることが出来るんだろうか。こんな状態で。

ふと空に目を向けると青と白の色が目に映る。

空の青は春香。

空の白は私。優奈。

やっぱり青空の方がいいよね。


流れゆく雲を目で追う。

初夏の雲はまだ幼い感じがする。入道雲のようにむくむくと成長はしない。

まるで私のようだ。

今日は天気がいいはず。やがてこの雲たちは消えてなくなり、青一色になるんだろう。

私なんてそんなもんだよ。春香にとってもそんなもんなんだ。

私の存在なんて……。


放課後、文芸部の部室にはいつも通り私一人がいる。

文芸部? 実はそんな部はこの学校にはもう存在しない。

数年前までは実際にあった。でも今はもうすでに部としての活動は正式にはしていない。

私がただこの書庫……実際は物置なんだけど。

ここに居座っているだけ。ちゃんと先生の許可はもらっている。

同好会でもない。ただ私一人がいるだけの私のための部屋。

だから、学校で文芸部があるなんて誰も知らない。


古びた本棚にある一冊の本をなんとなく手に取り、ぱらぱらとページをめくる。

そして入口のドアにちょっとだけ視線を送る。

昨日、春香が来たことを思い出しながら。

目的はがっかりだったけど、春香がここにきてくれたことはうれしかった。

また来てくれないかなぁ。

そんな淡い期待を込めてまたちらりと入口を見る。


だけど、戸は開かれない。

来るわけないよね。昨日はさ、たまたま進路表取りに来ただけなんだよね。

机にふせながら大きくため息をした。

「はぅ――――っ」

来るわけないか。


少しひんやりとした風が舞い込む。とても心地いい、髪がさらりと流れ落ちていく。

なんだか体を動かすの、ものすごくめんどくさくなってきた。

このまま寝ちゃおっかな。

そんなことを思っているとやっぱり睡魔は私を襲う。


窓の外から聞こえる運動部系の部活をしている子たちの声が聞こえてくる。

なんとなく心地いい。

誰もいないこの部屋。この空間。

心が落ち着く。

睡魔は私を襲う。

気持ちいい。


―――――ふと気が付き、うっすらと目に映る外の景色はすでに暗がりだった。

でもなんだろう部屋はあかるい。

寝ていたんだ……あ、下校時間。

スッと起きようとした時、その目は私をじっと見つめていた。


「ようやく起きたねお姫様」

聞き覚えのある声。その姿を見た時どきんと胸が高鳴った。

「気持ちよさそうに寝ていたね」

「ど、どうして……春香?」

「どうしてって、優奈まだ帰っていなかったから多分ここにいると思ってきてみたら、気持ちよさそうに寝ているんだもん」

「帰っていなかったて、どうしてわかったの?」

「下駄箱、外靴あったから」

「で、ずっと私の寝顔見ていたの?」

「うん、いけない? とっても可愛かったよ」

一気に顔に火が付いた。


可愛いって、ものすごく恥ずかしんだけど!!

恥ずかしくて、恥ずかしくて。まともに春香の事見てられない。

ポタリ。あれ、変だなぁ。

机の上に落ちる涙。

私もしかして泣いているの?


「どうしたんだよ。そんなに嫌だったの?」

ううん。ブルブルと顔を振った。

でも涙はどんどんあふれてくる。

どうして……どうして私は泣いているの?


そんな私の体を春香は、包み込むようにして優しく抱いた。


「あれは嘘じゃないよ」




柔らかな甘い春奈の香りに、私の体はすべて包まれていく。

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