工業高校が学び舎の俺に、ラブコメみたいな青春を!

宮地 フラン

 春、始まりの季節。


 冬の厳しい寒さを耐え抜いた多くの生き物が、低気温という縛りから解き放たれ、心を躍らせている。


 それは人間も同じであり、多くの者がこれから始まる新生活に胸をざわつかせている。


 ――しかし、この季節に対して、不安と緊張を抱いている者もいるということを、忘れないでほしい。


 東京都中野区にあるJR中野駅のホームで、まだ肌寒い冬明けの春の風を感じながら東西線西船橋行きを待っている俺――黒市くろいち悠椰ゆうやも、春という季節に魅力を感じられなくなったうちの一人だからだ。

 

 『高校まで30分もかかるとか…ほぼ毎日こんなこと続けなきゃいけないのかよ…。ハァ…。』


 と、リアルでも心の中でも溜息をついた。藍色の一種である紫紺色の前髪を、少し整えながら携帯のホーム画面を見て現在時刻を確認する。7時50分。1限には余裕で間に合う時間だ。初登校で遅刻をかまして変に目立つのは御免だ。


 ――なんで俺が、初々しい高校初日の朝にこんなテンション爆下がりでいるかって?

 ……端的に言うと、『高校受験に失敗した』からだ。

 

 確かに、多くの中学生にとって人生で初めての受験となる高校受験に失敗した出来事は、学校という世界を、自身が所属するコミュニティの全て(実際はそんなことはないのだが)と考えている中学生なら、1週間寝込むくらいのショッキングな出来事だ。実際俺もそうだったし。

 

 しかし、大抵の中学生はすぐに立ち直ることができる。何故なら、第2志望または第3志望の、滑り止めの私立に合格しているからだ。


 ――ただ、物事に例外イレギュラーは存在する。そう、例えば……


 模試で偏差値70という高偏差値を叩き出し、教師・両親・塾講師から最高のフルコンボの太鼓判を押され、自身もバラ色の学園生活を確信したのにも関わらず、第1志望の偏差値69の都立高校、第2志望の偏差値62の私立高校、第3志望の偏差値55の私立高校の3校全て滑るという最悪のフルコンボを叩き出し、二次募集で欠員が出た偏差値48程の工業高校にようやく滑り止まる……。とかね。


 こんな、『学業の神様に嫌われたのか?』 と考えるくらい受験運がない高校受験生が存在するのさ……。受験をテーマにしたドラマに出てくる登場人物のことでもなんでもない。この世はそんな不幸な奴が存在する。


――ん?じゃあ一体誰の話かって?


 ――俺だよッッッ!!!!この俺さッッッ!!!!


 全受験生が苦笑いするような自虐ネタをセルフでやったことで、何とも言えない悔しさと怒りが込み上げてきた。お菓子を買ってもらえず駄菓子コーナーでギャン泣きして大暴れする子供みたいに騒ぎたい気分だった。


 流石に、駅のホームでそんなことをする程モラルが欠けているわけではないので、俺は無意味にスマホの画面をスクロールするという、無意識にやってしまいがちな行動を意識的にすることで感情をコントロールした。


 そんなことをしているうちに電車の到着を知らせるアナウンスが聞こえ、俺の目の前に明るい黄色のラインが入った車両の、中央総武線線各停西船橋行きが到着した。


 ドアが開き、俺はすぐさまドア付近の席に座り込んだ。怒りの感情は消えたが、その反動で30分も突っ立っていられる気力は、残念ながら無くなってしまった。


 電車が出発すると同時に、俺の頭は目的地の工業高校のことで頭がいっぱいになった。


 ――どんな雰囲気の高校なんだろうか。工業高校は女子が少ないと言われている。偏見かもしれないが、工業に興味を持つ女子なんてそうそういないだろうから、期待はしてない。


 だが、高校生になったら彼女を作って、恋愛も学業もスポーツも何もかも充実した生活を送ると意気込んでいた俺にとっては、拭いたくても拭いきれない期待であった。


 ――男子はどんな奴らが多いのだろうか。中学のクラスメイトで、これから向かう工業高校と同じレベルの高校に進学した奴らの多くは、少しやんちゃな俺が苦手とするタイプの人間が多かった。そんな奴らばかりなのだろうか。

 

 工業高校に対するいい加減な憶測と偏見が頭の中で渦巻くも、俺は電車に揺られながら高校を目指した。

 

 

 



 

 


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