第89話 知香、教室に出現

 女子たちがおおっとどよめく。


「けど、リュティさんが連城くんみたいな地味な男子と結婚って意外……」


 女子の一人がそう言いかけて、失言だと思ったのか、手で口をおおった。彼女たちは自分に自信があるから、他人に無用に攻撃的になったりはしない。

 ただ、うっかり思ったことを喋ってしまうことはあるだろう。


(実際、俺が地味な男子はのは事実だし)


 透が苦笑していると、愛乃が頬を膨らませる。


「透くんは地味なんかじゃないよ。わたしを守ってくれるかっこいい男の子だもん」


「ご、ごめんなさい」


 失言をした女子は素直に愛乃に謝り、それから透にも「ごめんね」と手を合わせる。

 別の女子が頬に手を当てて考えるような姿勢をする。


「でも、連城くんって意外とモテるでしょう? ほら、明日夏とか」


 ああ、と残りの女子たちが納得したような顔になる。


「明日夏って連城のこと好きなのがバレバレだったし」


「そ、そうだった……?」


 彼女たちはうなずいた。透は冷や汗をかく。

 第三者の目から見ても、明日夏は透に好意を持っているように見えたらしい。


 透はますます明日夏に罪悪感を覚えた。

 女子の一人がくすりと笑う。


「他にも泣かせてる女の子がいるんじゃないの、連城くん?」

 

「……少なくとも、愛乃さんのことは泣かせないようにするよ」


 透がそう言うと、女子たちが面白そうな顔をする。


「相思相愛ってわけね」


「まあね」


 透はそう答えた。

 愛乃が心配そうな表情になり、透にささやく。


「ごめんなさい。婚約者だって知られるの、嫌だった?」


「嫌なわけ無いさ。話題にはなっちゃうけど……気にしないことにするよ」


「ほんとに?」


「愛乃さんが婚約者なのは、本当のことだし。それに恥ずかしがるようなことじゃなくて、嬉しいことだから」


 透がそう言うと、愛乃は「良かった」と幸せそうな笑みを浮かべた。


「熱々だね」


 女子の一人がからかうように言う。

 だが、その言葉に応じるかのようなぴったりのタイミングで一人の少女が現れた。


「面白そうな話をしているのね」


 みんなが一斉に声のした方を振り向く。そこには制服を完璧に着こなした超絶美少女がいた。


「と、知香……」


 生徒会長・近衛知香が、なぜか透の教室に立っていた。

 

「ちょっと透に用事があるんだけど」


 知香はあまりにも自然な流れで、透の下の名前を呼んだ。


 周りのみんなはびっくりしたような顔をしている。

 知香も愛乃と同じぐらい人気の美少女だ。

 

 愛乃が西洋系美少女なら、知香は純和風の美人。対照的な二人は校内で美少女ランキングを作ったら一位二位を争うだろう。


 しかも、知香は愛乃と違って社交的な人間だ。生徒会長でもある。


 その知香が、わざわざ別のクラスに現れて、透の名前を呼んだのだからみんな驚くだろう。

 

「みんなして固まって、どうしたの?」


 知香だけが平然と言い、首をかしげる。透に話しかけてきた女子たちも、野次馬の男子たちも、そして透も愛乃も意外過ぎてフリーズしてしまった。


「近衛さんって連城くんと、な、仲が良いの?」


 最初に話しかけてきた女子――たしか水城さんという名前だ――がおそるおそるといった様子で知香に尋ねる。

 知香は肩をすくめた。


「水城さん、よね? どうしてそう思うの?」


「お、覚えていてくれたんだ……」


 スクールカースト上位の女子からしても知香は雲の上の存在らしい。知香は完璧超人の人気者だし。

 

 水城さんは顔を赤くして、そしてはっとした様子になる。

 本題を思い出したらしい。


「あ、あのね。連城くんのこと、下の名前呼びだったから」


「ああ、幼馴染なの」


 知香はあっさりとバラした。あれほど学校では幼馴染なのを秘密にしろと言っていたのに。

 周りが「へえっ」と興味を引かれたように、透と知香を見比べる。

 知香がふふっと笑い、ちらっと透と愛乃を見る。


「というよりね。血の繋がった従兄妹なの。中一まで同じ家に住んでいたし」


「一つ屋根の下で異性の従兄と同居! ちょっと憧れるシチュエーションかも……」


 水城さんがつぶやく。

 知香が「そうでしょ?」と身を乗り出す。


「一緒にお風呂に入ったこともあるんだから」


 どんどんと知香によって爆弾発言が追加されていく。その度に女子たちは黄色い声で騒ぎ、男子は嫉妬の視線が凍るほど冷たくなる。


「と、知香……」


 慌てて透は知香の服の袖を引っ張る。知香は「あっ」と恥ずかしそうに顔を赤くする。

 その反応も周りの好奇心を煽るのに十分だった。


 突然、愛乃が移動して、座っている透の背後に回った。そして、背後からぎゅっと透の首を抱く。

 頭の後ろに柔らかい感触があたり、透は狼狽した。


「あ、愛乃さん……む、胸が……」


「当ててるの。透くんはわたしのものなんだもの」


 愛乃は必死な調子で言う。知香はついに学校で人目も気にせず、透にアプローチをかけるようになった。


 それは、愛乃にとってはかなり警戒すべき事態なのだろう。


 さすがの知香も「なっ……なにしてるの!」と目をそらす。

 知香はやっぱり愛乃ほど大胆にはなれないらしい。みんなの前で透に抱きつくなんて、できないだろう。


 愛乃と違って、知香には品行方正な優等生としてのイメージもあるのだから。

 周囲のクラスメイトたちが「修羅場だ」「修羅場」「連城の奴……!」といろんな感情のこもった目でこちらを見る。


 透はいますぐにでも逃げ出したくなった。

 知香は腰に手を当てる。


「ともかく! 私は透に用事があるの! 愛乃さん、透を放してくれる?」


「やだ」


「駄々っ子みたいなことを言わないでよ……」


「透くんを取って行っちゃったりしないよね?」


「そんなことしたりしないわ。ちょっと二人きりで話さないといけないことがあるの」


「わたしは仲間はずれなんだ……」


 愛乃が少し寂しそうに言う。

 知香は慌てた様子だった。


「こ、近衛家との話だから……愛乃さんを仲間はずれにするつもりなんてないの」


「なら、いいけど……」


 愛乃が「不安だなあ」とつぶやく。

 そして、その愛乃の心配は当たっていた。

 

 知香は透に対して、そして自分自身に対しても、とんでもないことをしようとしていたからだ。







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