第77話 秋川古都香


 透は苦笑する。


「いや、本当に遠慮しておくよ」


「どうして? 男の子って親子でとか姉妹でとか、みんなそういうのに興味があるって思ってた」


「愛乃さんと同じだよ」


「え?」


「愛乃さんはその……俺以外の男とエロいことをしたりしないんだよね?」


「もちろん! わたしは透くんの婚約者だもの」


「でも、デーティング期間は複数の異性と付き合うのもありだから論理的にはありうるなと思ったんだよ」


「そうだけど、ね。わたしは透くん以外の男の人に肌を見せたりなんて絶対にしないし、手を握られるのも許せないよ。透くんだから、いいの」


 愛乃の宝石のような青い瞳で見つめられ、透はその直球の言葉に自分の頬が熱くなるのを感じた。

 味噌煮込みうどんの店でなければ、もっと情緒的な雰囲気があっただろう。


「ありがとう。俺もエロいことに興味はあるけどさ。俺の大事な人にしか、そんなことしないよ」


「つまり、わたしってこと?」


「そう。愛乃さんだよ」


 透ははっきりと言った。愛乃は「ふ、ふーん」となんでもなさそうにつぶやいたが、その顔は真っ赤だった。

 

「わたし、だけ、なんだ……。透くんのえっち」


「ど、どうしてそうなるの!?」


「つまり、わたしにはいくらでもえっちなことをしたいってことだよね!?」


「そ、そういう意味じゃなくて……」


「したくないの?」


「したいけど……」


「なら、帰ったらたくさんさせてあげる。知香さんには内緒だよ?」


 ふふっと愛乃が笑い、人差し指をきれいな唇に当てる。

 一瞬透はその愛乃の可愛い仕草に見とれていた

 

 そして、照れ隠しのようにうどんに箸をつける。

 しばらく二人は黙って味噌煮込みうどんを食べた。


 そして、食べ終わると愛乃は柔らかい表情を浮かべた。


「すごく美味しかったね」


「喜んでもらえて安心したよ」


「わたしのことも美味しく食べていいんだよ?」


「愛乃さんって……やっぱり痴女?」


「なんで!?」


 愛乃との掛け合いは飽きない。親しく話すようになってそんなに時間が経っていないのに、誰よりも――知香や明日夏や冬華よりも――ずっと楽しく話せる。


 それはやっぱり、透にとって愛乃が一番大事な人となりつつある証拠なのだろう。

 そこに突然、女子高生店員が現れた。


「やっぱり連城君とリュティさんだ!」


 あーっという顔で、その少女は言う。小柄な彼女は頬を赤くして俺たちを睨んでいた。

 知り合いだったんだろうか。必死で透は思い出す。


 そして、ピンと来る。


「中等部のとき同じクラスだった秋川さん?」


「そうそう。もしかして忘れてた?」


「いや、そんなことないよ」


 今は思い出したのだから嘘ではない。

 それに、当時はそんなに仲が良かったわけでもない。明日夏のように頻繁に話していたわけでもないし、透も秋川も目立つタイプではなかった。


 クラスの上位カーストに所属しているし可愛い見た目をしているけれど、そのなかでは他人に合わせて自己主張しない。

 秋川という少女はそういう子だった。


 その少女が興味津々といった目で透と愛乃を見比べる。


「二人って付き合っているんだ? 知らなかった」


「あれ? 愛乃さんと秋川さんって知り合いなの?」


 愛乃は困ったような笑みを浮かべる。人見知りの愛乃の表情からして、どうやら秋川と話したことはないらしい。

 秋川は興奮した様子だった。


「有名人だもん。学校の女神様だし!」


「め、女神だなんて、そんな……」


 愛乃は恥ずかしそうに身を縮ませる。

 秋川はその様子を見てふふっと笑う。


「連城くんもリュティさんを女神だって思うよね?」


 学校のみんなにとって女神かは知らないけれど。

 透にとっては、もちろん答えは決まっている。


「まあ、たしかに俺にとっては愛乃さんは女神だね」


 透を肯定してくれて、必要としてくれた女の子。単に容姿が可愛いだけの女の子ではなくて、優しくて芯の強い子だ。


 透に女神と言われて、愛乃はますます恥ずかしそうにするが、まんざらではなさそうだった。


「わたしが透くんの女神様、か。うん、いいかも……」


「すごーい。あのリュティさんがデレデレだね!」


 秋川さんが目を輝かせていた。そろそろ仕事に戻ったほうがいいのではないだろうか?


「いいなあ、わたしも彼氏ほしい!」


「秋川さんならすぐできそうだけど」


「え、そう?」


「人気者だし、話しやすいし、見た目も可愛いし」


 自己主張しないタイプだが、明るい性格だし、美人だ。

 最後の発言は失言かと思ったが、秋川は普通に嬉しそうにしていた。


「連城くんにそう言われると悪い気がしないなあ」


 にやにやと秋川は表情を崩す。


「まあ俺の言葉なんか当てにならないとは思うけど」


「そんなことないよ。蓮城くんってかっこいいし、優しいし、けっこうモテるでしょ? 勉強も運動も得意だし」


 そんなことない、と言いかけて、知香や明日夏にも好かれているということを思い出した。

 気づくと、愛乃が透の服の袖を引っ張って、ジト目で睨んでいた。


「透くんが他の女の子にデレデレしてる……」


「デレデレなんてしていないよ」


「透くんがデレデレしていいのは、わたしと知香さんだけなんだからね?」


 知香はいいのか、と思ったけれど、それはデーティング関係を受け入れた「共犯」だからだろう。

 それに、透の元婚約者で幼馴染、従妹の知香に、愛乃はちょっと遠慮しているようでもあった。


 それに対して、明日夏や秋川は本当に赤の他人なので、「デレデレしたらダメ」というのはよくわかる。

 ただ、秋川は驚いた様子だった。


「知香って、あの近衛知香? 連城くんって二股しているの?」


「してないよ。ええと……」


 上手い説明が思いつかない。

 そうこうしているうちに、さすがに店主から「古都香! なにサボってるんだ!」という声が飛んでくる。


 秋川古都香、というフルネームを透は思い出した。

 おそらく店主の娘なのだろう。


「じゃ、また学校で。連城くん。リュティさん」


 ひらひらと古都香は手を振って、去っていった。

 透と愛乃は顔を見合わせる。そして、くすくすっと笑う。


「このままだと、学校のみんなのあいだで噂になっちゃうね。透くんは困らない? 恥ずかしかったりしない?」


 そう。学校で騒がれるのは困ったことになるかもしれないとは思った。

 知香と元婚約者だったことを隠していたのも、それが理由の一つだ。


 同じ意味で、愛乃との関係も隠した方が良いのかもしれない。クラスの男子たちから殺意のこもった嫉妬の視線で睨まれること間違いなしだ。

 あと、からかわれるのも少し恥ずかしい。


 だけど――。


「問題ないよ。愛乃さんが俺の大事な人なのは、恥ずかしがって隠すようなことじゃないし、他人からとやかく言われるようなことじゃないし」


 透は言い切った。それが愛乃の想いに応える誠実な方法だから。

 そして、透は愛乃に尋ね返す。


「愛乃さんはそれでいいの?」


 愛乃は満面の笑みでうなずいた。


「もちろんだよ! だって、透くんはわたしの自慢の婚約者だもん」





<あとがき>


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