第七章 愛乃とデート!

第74話 期待

「あ、愛乃さん。他の人の目があるから……」


 休日の栄は繁華街だけ会って人通りが多い。家族連れもいれば、透や愛乃と同じぐらいの中学生や高校生がいる。

 

 電車に乗ったときより、彼ら彼女らの視線が痛い。

 これは自意識過剰ではなく、実際に女子中学生の群れが顔を赤くして「うわあ大胆……」なんてつぶやいている。」


 愛乃はこてんと首をかしげた。


「他の人に見られてもかまわないと思うの。だって、わたしたち婚約者なんだから」


「たとえ夫婦でもこんなふうに人前で……そ、その……」


 透は思わず愛乃の胸を見てしまう。

 愛乃の質感のある胸が透の胸板に押し当てられ、たわんで形を変える。


 愛乃がからかうような表情で胸を上下させる。愛乃も顔が赤いので本当は恥ずかしいのだろう。


「透くんのエッチ」


「どっちかといえば、エッチなのは愛乃さんの方な気がするな……」


「それでもいいよ。わたしは夫婦になったら、もっと遠慮なく透くんに甘えるつもりだよ?」


 夫婦という言葉を出されて透は動揺する。

 

「たしかに、婚約者だから夫婦になる可能性はあるけどさ」


「可能性じゃないかも」


 愛乃のみずみずしい唇がそんな言葉を紡ぐ。

 それはつまり、本当に結婚するかもしれない、ということだ。


 政略結婚のために形だけ婚約する。それが透と愛乃の最初の関係だった。

 でも、今の二人の関係は変わってしまった。少なくとも愛乃の側は、それを受け入れてもいいと思っているのだろう。


 では透の側はどうか?

 即答できないのが透の弱さなのだと思う。もちろん、愛乃は大事な婚約者だ。彼女が望む限りそばにいたいと思っている。

 

 でも、結婚というのは高校生で考えるにはあまりにも遠い未来のことだ。

 愛乃はくすりと笑う。


「もし結婚したら、わたしにあんなことやこんなことをされるのは楽しみじゃない?」


「それは……まあ、楽しみだね」


「でしょう?」


 からかわれっぱなしというのは男としての沽券に関わる……かもしれない。

 透は愛乃の背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめた。愛乃は「ひゃっ」と悲鳴を上げた。


 愛乃の華奢な身体が透の腕にすっぽりと収まる。愛乃はドキドキした様子で透を見上げた。


「愛乃さんさ。結婚したら、こんなことを毎日されるかもしれないよ。それでもいいの?」


「ふふっ、大歓迎。透くんにハグされるのは嬉しいもの。でも……ハグ以上のこともしてほしいな」


 愛乃は期待するように透の唇を見つめた。一緒にお風呂に入ったり、ベッドで寝たりはしたけれど、キスは一度もしていない。

 そして、透はまだ愛乃にキスをする勇気はなかった。


 それは愛乃を形だけの婚約者ではなく、本物の恋人として受け入れる行為だから。


「いつかは愛乃さんの期待に応えられるようにするよ」


「それはわたしが期待し続けていいってことだよね?」


「そうだね。そのとおりだ」


 透ははっきりとうなずいた。知香や明日夏ではなく、愛乃が透にとって一番大事なのは間違いない。

 愛乃を守ると透は約束したのだから。


「まずは愛乃さんの最初の期待に応えたいな。つまり……お昼、食べに行こう」


「うん!」



<あとがき>

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