第32話 墜落
よろめきながら一歩を踏み出すと、すぐ側でうめき声が上がる。振り返ると、レイが椅子を押しのけながら這い出てくるところだった。
「ヤコ、怪我は?」
「だ、大丈夫です。動けます!」
「状況を確かめる、ついてきてくれ!」
「はいっ」
フォーマルハウトがどうなったか分からないまま、外に出る扉に手をかける。開けた先も、やはり土埃が舞い視界が効かない。ただ、砂煙の向こうから子供たちの泣き声と悲鳴は聞こえている。
……? 砂煙? 事態のおかしさに気づいてヤコは瞬く。なぜ屋内の通路で砂が……。その時、一陣の風が吹き辺りの空気を吹き飛ばした。視界に飛び込んできた光景に二人は固まる。
「……」
「……」
自分たちが乗っていたはずのフォーマルハウトが、真ん中からポッキリと折れ墜落していた。つまり、ここにある指令室は本体から吹き飛ばされ少し離れた位置に落下していたらしい。指令室だけではない、翼などのパーツもあちこちに散乱している。船がもう二度と飛べないであろうことは明らかだった。
展望ルームから投げ出された子供たちが砂地のあちこちに点々と落ちているのが分かる。ピクリとも動かない彼らの横で、何が起こったか分からないらしい幼年組が泣き叫んでいた。
「こ、これは……」
なんとか声を押し出すレイの横で、ヤコは扉枠に縋りへたりと座り込む。その時、こちらに気づいた影があった。ハジメだ。一足飛びに来た彼もやはり顔面蒼白だった。
「レイ! 無事か!」
「ハジメ、これは一体……」
震えていたレイだったが、ハッとすると急に己の中で考えを整理するためブツブツと呟き始めた。
「外部からの攻撃? いや、船のスピードにあの砂人形たちが追い付けたとは思えない。まさか内部から? 今一番恐れるべきは敵の襲来、および生命維持に必要なエネルギーの確保……考えろ、私が犯人ならまず抑えるべきは……」
「れ、レイさんどうしたら――」
「コアだ!! まずい!」
血相を変えた彼女は、バッと立ち上がり何の説明もなしに駆け出した。慌てて後を追ったハジメとヤコは、クルーたちの泣き喚く惨状の中を走り抜ける。
「いやぁぁ!! いやぁ! お願い起きて! 目を開けて!!」
「ハハ、なぁ嘘だろ? 起きろよ……起きろよ!! そんな冗談つまんねーんだよ!!」
「しっかり! しっか……うあああぁぁ!!」
そこら中から聞こえてくる絶望と悲鳴の波が頭をクラクラさせる。それでもヤコは歯を食いしばり足元を蹴った。泣くわけにはいかない。レイが目指す先に、更なる悲劇が待ち受けている気がする。
折れた翼の影に一度身を潜めたレイは、仲間を手招きした。端から向こう側を偵察しながら小声で話し出す。
「……ずっと正体の掴めなかった違和感が今ようやく分かった。不思議に思わなかったか? なぜ会った事もないカノープスとフォーマルハウトで、『移動要塞船』や『ガード』などの呼称が一致していたのか」
「え……」
言われてみれば確かにそうだ。アキトは開口一番『移動要塞船カノープス』と名乗った。船のどこにもそのような表記は無いのにも関わらずだ。
「偶然にしては一字一句違わないというのは出来過ぎている。おそらくは、この世界の事情を知る外部からの内通者がどちらの船にも乗っていたんだ」
「おい待て、うちでその呼称を使い始めたのは――」
レイが見据える先に誰が居るのか、その当時を知らないヤコには検討がつかない。ただドクンドクンと嫌な鼓動が胸を内側から激しく叩いていた。スッと歩み出たレイに続いて顔を出す。
鈍い光を宿す赤いコアは、機体の残骸に囲まれて砂地に埋まっていた。その上に立膝で座る人物が居た。翻る白衣の裾を目にしたヤコは大きく目を見開いた。
「やぁやぁ、予想は当たったかな?」
「ニア……さん?」
ニィっと口の端を吊り上げた彼は、タッと降りてくる。まるで夕飯のメニューを話す様に朗らかな口調でこう続けた。
「わぁー、たっまんないなぁ。これが裏切者目線か。ぞくぞくしちゃうね」
「そんな、どうして?」
ヤコは信じられない思いで胸元を握りしめる。あの優しかったニアが、この船を落とした? 動けないヤコとは裏腹に、二人は即座に頭を切り替えたようだった。素早く構えた揃いの太刀を油断なく容疑者に向ける。
「そこを動くな、質問に答えろ」
「えー、残念だけどあんまり時間ないんだよねぇ。ほら」
クスクスと笑ったニアは、船のコアにそっと指先を振れる。青い電流がバチッと走ったかと思うと、コアが頂点からサラサラと崩れ始めた。
「他の子はエネルギーなしで一晩持ちこたえられるかな? どんどん崩れちゃうよ」
「貴様ァ!!」
たまらずハジメが突進する。それを待ち構えるニアは指の中で何かを転がしていた。ピンッと弾いたハジメの鼻先で、それが爆散する。
「ぐっ!」
「ハジメさん!」
すんでのところで軌道を逸らしたハジメは、軽く服の裾を焦がすだけで済んだ。ギリリと歯ぎしりをしながら敵をにらみつける。
「っまえ……普通に戦えんじゃねぇか」
「やだなぁ、最低限の戦闘力は身に着けておけっていったのハジメっちじゃん」
ニアはこんな状況でも飄々とした態度を崩さない。それを見据えていたレイはいっそ悲し気な声で問いかけた。
「どうしてこんな事を……」
「どうして? 僕はこのゲームを面白いものにしたいだけさ」
「いい加減に……ッ!!」
この期に及んでゲームと同一視する発言にハジメが激昂した。本気のオーラがぶわりと刀から吹き出し、肉薄しながら振りかぶる。
「大人しく捕まれ!」
「待てハジメ!」
「ッ!?」
ところが斬りかかっていた本人がギクリと身体をこわばらせる。レイの制止に躊躇ったのではない、てっきりまた躱すかと思われたニアが無防備に立ち尽くし動かなかったのだ。ドスッという鈍い音が、やけに耳にこびりついた。
「あ……あぁぁ」
震えるヤコの口から絶望の声が漏れ出る。少し遅れて横倒しになったニアの腹を、ハジメの太刀がまっすぐに貫いていた。すぐに砂地には赤い染みが広がって行く。
「お前……どうして……」
「に、ニアさん!」
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