第11話 再転移確定

「おいしー!」

 

 前回も作ったなんの効果もない種だけのショコラ。そして果汁入りのショコラポーション。そして今回の新作となったのが、ミフォルの花を使った物だ。


花をどうやってチョコレートに使おうかと迷ったが、そこはエリフィアにもう一度視て、と言われてミフォルの花を視て、花弁の繊維を壊すことで抽出される、との文字を見つけて、簡易的ではあるがすり潰して入れる事にした。


(やっぱり、神眼の性能が上がってる気がする)


 一度目に視たときには出てこなかった文字に、その次点で自分の能力はやはりまだ完璧でないらしい。発動までのタイムラグもそうだが、内容にも差が出る理由はそれぐらいしか思いつかなかった。

 とはいえ、未だにこの力を異世界人の自分には無用の長物だと思っている陽哉は、まぁいいか、とチョコレート作りに意識を集中させ、すぐに頭の隅へとそのことを追いやる。なにせ、フロウディアと同じく調理場の小窓で待つエリフィアの目がキラキラと輝き、まだかなまだかな、というワクワクとした気配を醸し出していたので。

ちなみに、今回も電気機器や水道はうんともすんとも言わなくなっていたので、グレン達のお世話になった。


 試行錯誤の末に出来上がった新作含めたチョコレートを外へ持ち出し、待ち構えていた4匹にあげれば、前回と同じく美味しそうに食べてくれる。三種類すべてを食べたエリフィアのお気に入りは新作のミフォルの花のショコラだった。

 陽哉も食べてみたが、花の香りがほのかに口に広がる、ノーマルの物よりほんの少し甘みの強いただのおいしいチョコレートだ。魔力がないからか、特に体に変化はない。

 

「ふふ、ハルのショコラポーションは本当にすごいわ」

「まぁ、気に入ってくれたならよかったけど」

「本当にすごいのよ? 出来上がったコレは視てみた?」

「あ、まだだ」


 視て、と言われて、すでにその言葉の意味する神眼を意識する。正直未だに発動条件がよく分かっていないため、ただじーっと凝視するだけだが、それであっているのか、少し時間を空けてふわりと文字が浮かんだ。


 ―― ショコラポーション・ミフォル ――

 ハルヤ・トウドウが作り出したショコラポーションのミフォルバージョン。魔法花・ミフォルの花弁だけを摂取した時より数十倍の魔力回復効果がある。


「……うん、魔法ポーションだね」

「このポーションなら、並の魔力の持ち主なら一粒か二粒で全回復するわ。この世界じゃ、魔力が尽きて命の危機に陥る魔法使いは多いから、全魔法使いからしたら喉から手が出るほど欲しい物よ」

「そ、そんなに?」


 陽哉が前回も考えたことだが、この世界はモンスターがいたり特殊な組織があったりするわりに、回復する手段が少ない。もちろんテオフルクの実が回復薬になることや、風邪薬のような薬や塗り薬なんかもあるらしいが、どれも劇的な回復とはならない。

こう聞くと元の世界と同じだと思われるが、この同じというのがまずいのだ。元の世界より数段危険が身近なこの世界において、普通の薬などでは心許ない。しかも聞くところによると医師も希少な存在だという。どう考えても、需要と供給があっていなかった。


「……やっぱりもったいないなこれ」

「仕方がないわ。今この森に人間はいないもの」

「そううまくいかないかー」

「それに、タイムリミットだわ」

「え」

「異世界転移が始まるから、店に戻って」

「タイミングいいな!」


 こうして2回目の異世界プチ冒険も、唐突な終わりを告げられる。グレン達を撫でて挨拶をして、エリフィアに促されるまま店へと戻れば、カラン、とベルが鳴り響いた。トラブルはあったものの、エリフィアたちにチョコレートを振る舞った後でよかったと安堵していれば、ちょん、と背に当たる柔らかい感触。

 振り返れば、小さな羽で陽哉の胸元辺りまで飛んでいるエリフィアがいた。


「フィア?」

「ハル、またね」


 エリフィアが告げた言葉は、前回フロウディアと同じもの。それだけで、確信する。


「……またってことは、俺はここにまた来ちゃう訳ね」


 苦笑いとともに出たため息は、モフモフ達への情が沸いたことでお別れではないとわかった安堵か、それとも日本とは段違いで危険そうな異世界への繋がりが途絶えないことへの落胆か。陽哉自身、わからない。


「もう、ハルの体はこの世界に受け入れられたから」

「受け入れられた?」

「ええ。だから、もう……」

「フィア?」

「なんでもないわ」


 どこか言葉を詰まらせたようなエリフィアに名前を呼べば、彼女は顔を上げてふるふると首をふった。柔らかくたれた耳が動きに合わせて左右に揺れる。


 ―――― カラン


 ベルの音が更に響き、エリフィアはすーっと店の外へ出た。そして振り返り、うさぎなのに、確かに笑顔と分かる優しい表情を陽哉に向ける。


「大丈夫よ、ハル。……私が、私達が、守るから」

「え?」


 その言葉に疑問を持ち問いかけるより早く、ベルの音が大きく響き、ハルヤの視界は光で閉ざされた。


「っ!」


 再度瞼をあげれば、そこにあったのは閉ざされた店の扉。開ければ、そこにエリフィア達の姿はなく、見慣れた町並みが広がっていた。

 戻ってきた現実世界に、再びのため息を零す。


「……守って貰えるのは、嬉しいんだけど」


 陽哉は感じ取っていた、先ほどの言葉に含まれる、確かな重みを。


「……久しぶりに弓道場でも行こうかな」



体育会系ではなくとも男である。守られるだけは性に合わない陽哉は、唯一異世界で通用しそうな弓道をまた始めるべきかと頭を悩ませた。

学生時代はうまかったほうだが、本格的にショコラティエの修行を始めた頃には手の怪我をなるべく防ぐために止めてしまったため、かなりのブランクがある。

教室を探すべきか、と考えを巡らせる陽哉は、エリフィアの言葉通り、もう一度異世界へ行くことを疑っていなかった。


 最早フラグでもなんでもない、それは一つの確定事項であった。

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