第9話 2度目の異世界

「いってきまーす!」

「おう、気をつけてなー」


 この日もまた、店のドアから出て行く妹を見送る。彼らが住むのは店の裏にある家だが、妹は必ず毎朝店に顔を出してから出かけるのだ。習慣となっている見送りをしてから少し、あの現象が起こった。



―― カラン



「雪乃か? 早い、な……」


 振り向いた先、ドアは開いていない。けれど再び鳴る、聞き慣れたベルの音。


―――― カラン


 ベルが、淡く光っていた。


「……おい、嘘だろ」



 だんだんと大きくなる音。そして、一際高く大きな音と共に溢れる光。

 思わず瞑った目を開けると、やはり店内に異変はない。けれど一度経験したからこそ分かる。その変化。ちらりと確認した窓の向こうにある色は、コンクリートのグレーではなく、土の茶色と草の緑だった。


「……これって、フラグ回収ってやつ?」


 思わずため息を付きながら、ゆっくりとドアを開ける。そこはやはり、いつもの店前の道路ではなく、森の中だった。


「またかよぉ。なんでだよ、また日帰り旅行か?」


 ため息が出るのも仕方がない。あのプチ冒険は楽しかったし、懐いてくれたモフモフ達は可愛かったが、陽哉には神眼という特殊な眼以外はなにもない。再びあの魔獣が現れれば、対抗する手段がないのだ。となれば、情けないが力がある者に頼るしかない。


「フロウディアさーん? 居ませんかー?」


 前回助けてくれたフロウディアを探す。森の中なら様子が分かると言っていた彼の事だ。転移の波動も分かると言っていたし、きっとまた駆けつけてくれるだろう。

 そう思った陽哉だったが、一向にあのギャップのある男前な声は聞こえてこなかった。


「……まさか、別の世界とか言わないよな? そしたら詰むんですけど」


 あの森の中しか知らないが、聖獣達がいたあの世界とは別の異世界か。そうなればまた別の生き物が襲ってきたりするのだろうか。そんな不安を吹き飛ばしたくて、あの時の、とても小さく、けれど頼りになる彼の名を呼んだ。


「フロウディア!」

「フロウディアなら今日はいないわよ?」


  予想に反して、陽哉の呼びかけに答えたのは、あの低い声よりも数段高い、きれいなソプラノだった。

 驚き、声が聞こえた背後へとバッと振り返る。けれど視界の中に人影はない。


「ってことは……」

「こっちよ。こっち」


 声の聞こえた方、足元へ視線を移すと。


「おはよう!」

「……おはようございます?」


そこに居たのはかわいいうさぎだった。体の大部分は白く、フロウディアと同じく、耳の半分くらいと体の後ろ半分くらいからしっぽまで、赤みがかったゴールド、所謂ピンクゴールドのグラデーションになっている。耳は柔らかく下がるロップイヤー、所謂垂れ耳だ。下がる耳の先の方が、まるでゴムで縛った髪のようにきゅっとなっている。

元の世界のうさぎではないのは一目瞭然だった。そのフワフワの体に、体と同じ色の小さな羽が付いていたので。なにより、この可愛いうさぎから出てきたフロウディアの名前が、ここがあの異世界であることを物語っていた。


「えーっと、可愛いうさぎさん、は、フロウディアのお友達?」

「ええ。私の名前はエリフィア。よろしくね。ハル」

「よ、よろしくおねがいします。エリフィアさん」

「やだ、普通に話してくれていいのに。あとフィアって呼んで欲しいわ!」

「じゃぁフィア、よろしく」


どうやら今回のお助けキャラは、この可愛いうさぎさんのようだった。



「えーっと、それで、フィア、フロウディア今日居ないの?」

「うん、ちょっと大切な用事があってね」


森の番人ってそんなに忙しいのか。そんな風に思った陽哉を見上げて、エリフィアがちょんっと足に触れてきた。


「だから、今日は私が守ってあげるわ。帰るタイミングも分かるから任せて」

「う、うん、よろしく、フィア」


(小さなウサギに護衛される男って)


 なんとも情けなさを感じながら、あのモンスターを思い出してため息を付いた。ここは異世界。必要なのは力だ。守る、と断言するしゃべるうさぎだから、おそらくフロウディアと同じくなんらかの力を持つのだろうと、陽哉は情けなさを心の内にしまった。


「あとね、ハルにお願いがあるんだけど」

「お願い?」

「あのショコラが食べたいの」


 ショコラ、というと、あのテオフルクの実から作ったショコラポーションだろうか、と首を傾げる。なぜ知っているのか、という疑問は、男らしい声と態度の小鳥を思い浮かべてすぐに解消された。


(フロウディアがしゃべったのか。ってことは仲がいいんだろうな)


 見た目だけでいうと白くて青いふわふわの小鳥と、白くてピンクのふわふわなうさぎである。この二匹の仲がいいと想像するだけでなんだか微笑ましかった。


「じゃぁ、テオフルクの実を取りに行こうか」

「あ! あと、他の植物も教えてあげるわ。ここにはテオフルク以外にも、いろんな効能を持つ植物がいっぱいあるのよ」

「へぇ」


 とにもかくにも、小さなうさぎを護衛に、ハルの二度目のプチ冒険が始まるのだった。



冒険といっても時間制限ありのものだから、今回も森の探索である。

途中であった前回のあの三匹もやっぱり付いてきて、護衛四匹に守られる形での探索に隙はない。時折前回は見なかった聖獣や魔獣以外のこの世界特有の生き物たちも陽哉に近づいてきた。

小さなリスのような生き物から大きな虎やライオンに近い生き物まで。どれも元の世界では見たことのない生き物たち。さすがに虎やライオンに近い生き物を見た瞬間逃げ腰になったが、エリフィアが大丈夫だと言ってくれたおかげでおっかなびっくりではあったが交流した陽哉である。ちなみにいかにも肉食といったイメージのその生き物は草食動物だったから驚きだ。


「あれが、ミフォルの花。で、その横はルナティアドロップよ。視てみて」


 エリフィアは、いろいろな草花や果実を教えてくれるが、必ず”視て”みろと促してきた。陽哉はその度に、この世界でしか発動しなかった神眼でそれらを視る。


(なんとなく、だけど、発動までのタイムラグが短くなってる?)


視よう、と意識してからあの文字が現れるまで数秒時間が空く。その時間が、エリフィアに促されて視る度に、ほんの少しだけ短くなっているのを感じていた。


(なんか、修行っぽい?)


 そんな事を思いながらも促されるまま色々な植物を視ていく。魔力の回復に効果のある花や、一時的に力を増幅させる草、視力を上げる効果のある花など、元の世界では考えられない効果を持つ植物が次々見つかった。

 時間制限があるためにすべてを採取することはせず、エリフィアの希望を聞いて、魔力の回復効果がある魔法花とも呼ばれるミフォルの花だけを摘み、一番の目的であるテオフルクの実も採取する。この時やっぱり取ってくれたのはあの猫のような子だった。


「ありがとうな」

「キュキュ!」

「ねぇハル。よかったら、その子達に名前付けてあげてくれない?」

「名前? いや、でも」


 お礼に撫でていれば、エリフィアがそう提案してきた。けれど、その提案にすぐハイと返すわけにはいかない。なにせ陽哉は日帰り異世界冒険中なのである。餌付けしてしまったあとに言えることではないが、すぐに居なくなる身で名付けをするほど無責任にはなれない。


「フィア、俺はすぐに元の世界に帰るつもりなんだけど? それなのに名前なんて」

「わかっているわ。この子達だってそれを理解してるし。けど、それでもつけて欲しいんですって」

「へ? こいつらがそう言っているの?」

「えぇそうよ」

「キュゥ!」

「クルル」

「ウゥ!」

 

 エリフィアの言葉に、三匹は嬉しそうに鳴いて陽哉を見てくる。その瞳はキラキラと輝いて見えて、言葉が分からなくても期待していることはありありと分かった。そこまで期待されては、ダメとは言えないだろう。


「わかった、わかったよ。ちょっと待ってくれ」


 急遽陽哉に課せられた名付けという役目。短い付き合いとはいえ、いい加減に付けるわけにはいかない。

 三匹の性別も聞いて、悩みに悩み、陽哉が付けた名は。


「お前がヒョウカ。お前はシズク。で、お前がグレン、かな」


 猫のような氷の能力使う雌の子がヒョウカ(氷華)。シカのような水の能力を使う雌の子がシズク(雫)。そして、火の能力を使うキツネのような雄の子がグレン(紅蓮)。それぞれの能力から連想して付けた名で、響きがまんま日本語のそれだからどうかと思ったが、予想以上に名前を貰った三匹の反応が良かった。それぞれ嬉しそうに鳴いて、体をすりつけてくる。


「いい名前だわ! みんなも喜んでるし」

「気に入ってくれたならよかったよ」


 名前をつけると、一気に愛着が強くなる。元々懐かれて可愛いと思っていた三匹がさらに可愛く感じ、陽哉は名前を付ける前から感じていた後ろめたさをさらに強く意識した。

どんなに懐かれても、陽哉は別の世界の人間。それなのにこれだけ懐かれてしまえば、自然とこの世界へ向ける感情が大きくなる。それでも陽哉の中で一番はもとの世界なので、感情が大きくなればなるほど、比例して揺らぎも大きくなった。

 そんな複雑な気持ちを隠し、懐いてくる三匹をかまい、チョコレートを作る時間がなくなってはいけないと、探索を止め店に戻ることに。

 エリフィアを先頭に森の中を進んでいると、突然、エリフィアが止まる。グレン達もピクリと何かに反応して雰囲気が堅くなり、明らかに警戒していた。


「フィア? どうかしたか?」

「……招かれざるお客さんだわ」


陽哉の問いかけに答えたエリフィアの声は、とても硬いものだった。

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