第9話 動物としての人間

 

 確かにそうなのだ、誰かがこのことを操作している事はわかっていた。犯罪者ではないものの、例えば妻をやることがないからいじめた人間を罰する事は必要なのだ。何故ならそんな人間は「いじめたことを忘れるタイプ」が圧倒的に多く、自分を反省することより、人を攻撃して難を逃れると言う事を繰り返すからだ。だが、私もわかってはいる、そういう人間は大人になると、やはり幸福とは縁遠くなってしまうということを。

 一方、妻はやはり心根が優しい人間だ。自分がいじめられても、他の人間をそうしようとは思わない、そして、自分の意思として決してしなかったのだ。だがそれは孤独という、子供には耐えがたいものを与えてしまう。

そんな人間が、大きな心の支えを外で見つけたとき、人生を自分のものとして、小さいけれど、しっかりとした一歩を歩むことが出来る。「何となく生きている人間」では無いのだ。


「しかしやはり皆さんは偉大です。更正することが難しいと思われていた人間が、完璧な仕事までこなすようになる、あの庭師のように。でも仰っていましたよね、彼は大丈夫だろうって。隠れた才能を見いだす天才ですよ。今度彼は園芸雑誌に特集されることになりますから」

「まあ、何人かは大成功だがね。これからのことだ。今日は三毛様には会わずに帰るつもりかい? 」

「私とは面倒な話ばかりになるので、今日は従兄弟達が帰るまでここで潜んでいますよ。ああ、建物の修繕が必要な箇所があれば」

「ああ、そうだった、そうだった。ここと・・・」


 私は人生においてこれほど注意して音を立てないようにしたことは無かった。衣服のこすれる音すら気をつけ、その場を離れた。


そしてやっと庭に出た。


「ハハハハハ!!! 」「ミャーミャーミャー」

息子と子猫の合唱のような明るい声が聞こえる。だが私はそこに足が向かず、木陰にある、人間のためのベンチに腰を下ろした。

しばらくすると、虎縞の猫が近寄ってきて、私の横に座った。

「大丈夫かい? 顔色が少し悪いようだけれど。ここに来て、急に猫アレルギーをおこした人間もいたから」

「ああ、どうもありがとうございます、そうでは無いんですよ」

私はこの優しい猫とずっと世間話をしていた。

そして私たち家族は屋敷を後にした。



 あれから数ヶ月たち、娘が生まれ、私たちは忙しい日々を過ごしている。

ただふっと思うことがある。ケンさんと黒猫は自分の存在に気が付いていたのではないかと。音に敏感なはずの猫、不自然に開かれたドア、それらはまるで私にあの話を「わざと聞かせた」のではないかと。では何故わざとそうさせたのか。

想像はぼんやりと付かないことは無いが、私にとっては楽しい想像では無かった。

 だが、やはりその運命からは逃れることは出来ないようだった。私とケンさんは血のつながりは無いにもかかわらず。



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