私に百合乱暴する気でしょう? エロ同人みたいに!
宵町一条
第1話 小波と百合同人アンソロ
カタカタとキーボードを叩き、華麗にターンっとエンターキーを押す。
これまで幾度となく繰り返してきた行為だが、19歳の女子大生、
もっとも、大学で課題として出されるレポートの類を書くのは小波にとって毎回楽しい行為というわけではない。小波が文章を書いて楽しいと感じるのは創作=小説を書いている時なのだ。
小波が初めて創作活動に携わったのは、当時通っていた女子高校の文芸部、ではなくオタクの友人がアニメの同人誌を出すのに際して、ページ数の余白を埋めるためにショートストーリー=SSを書くのを依頼されたのが切欠だった。
そのSSは現在から考えると稚拙極まりない内容だったが、とにもかくにも小波は自分の書いた小説を人に見せるという行為に嵌まった。
件の友人に学び、同人誌即売会に個人サークルとして参加し、小説を売るに至るのにもさして時間がかからなかった。初参加の際に意気込んで作ったオンデマンドの短編集は二冊しか売れなかったが、売れる売れないは楽しさにおいて重要ではない。
両隣の島の子と仲良くなったり、ジャンルの主と呼ばれる先輩作家にご挨拶したりと、同人誌即売会を社交の場としても認識した小波にとって、創作活動は何より楽しい遊びになっていた。
SF、ラブコメ、歴史ロマンスと雑食を経て、小波が落ち着いた創作ジャンルは百合小説。中学生の頃に氷室冴子を愛読し、遡って吉屋信子も嗜んでいた彼女の行き場としてはまずまず固いところだと言える。
創作に熱中したせいで成績が悪くなった小波は、母親に叱責されてしばらく学業に専念し、無事に第一志望である大学の日本文学科に合格。
同人活動再開。
さあこれからだ、と息巻いた矢先に小波を、日本を、いや世界を見舞った不幸がコロナ禍であった。
「……という理由で今年のコミカには賭けていたんですよね、私」
時は流れて某年11月。コロナ禍で長らく閉鎖していた日本最大の同人誌即売会・コミックカーニバルが年末に復活すると聞いた小波は、自身の燃える熱情をかつて世話になった先輩作家である
「なのに落選しちゃったんだー、ついてないねー」
雅は独特なスローなトーンの口調で小波の言葉に相槌をうち、慰める。
「私、これまで当選し続けていたのに本命の今回だけ落ちちゃって、最悪です。イゼルローンの攻防で不敗だったのに首都ハイネセンが勝手に陥落した的な納得のいかなさというか、とにかく私、我慢できなくて」
「うんうん、納得できないよねー。でも今年のコミカは規模を縮小してるから倍率が上がってるし、落選しているのは他のサークルさんも同じ話だからねー」
やんわりと正論で諭す雅。
「……それは分かるんです。でも次のコミカのあと、またコロナが流行る可能性ってありますよね。それで次のコミカがダメになって次の次のを待っていたら、私、今度は就職活動に専念しないといけないですし。なんだろうこの理不尽!」
怒る小波に対し、少し考えた風な間が空いて、雅が話を切り出す。
「それじゃあさ藤代さん、『
「百合アンソロの超大手ですよね、プロの作家さんを何人も輩出していると噂の。レアで手に入りにくいから数刊だけですが、最近既刊を読みました。そこがどうかしたんですか?」
「実はー、私そのサークルの主催者さんと知り合いで、もしかしたら藤代さんに枠を紹介できるかもしれないーって思って」
え、と小波は驚いた。超大手サークルに自分が寄稿できる可能性があるというのか。なんなら個人サークルで参加するより好条件じゃないのか、と。
「わわっ、それ本当ならすごく嬉しいです。でも雅さんは今回寄稿しないんですか?」
「話してなかったっけ? 私はちょっと、半年くらい前から創作活動は休んじゃってるからねー」
「でしたら、是非ともお願いします」
電話越しに何度も頭を下げる小波。
「じゃあ紹介するから、主催者さんに気に入ってもらえるといいねー」
雅から連絡先のメールアドレスと電話番号を聞いた後になってようやく、小波は緊張し始めた。
考えたら私、同人業界のあれこれとか全然経験値足りてないよね……。文章を書くのは苦手じゃないけど、大手の人に読まれたら笑われるんじゃないかな。
と、考え始めたらきりがない。だが創作に携わる者として、年末のコミカに参加できないのは辛い。
ええい、ままよとばかりに自己紹介のメールを送る小波。小一時間もしないうちに返信が返ってくる。
拝啓 藤代小波さま。当サークルへの参加申請、誠にありがとうございます。つきましては藤代さまに直接お会いしてお話したいと考えております。お書きになられた作品を数本持参にて、下記の住所に記しましたお店までお越しください。
メールには『喫茶マノス』と書かれた店舗名と都内の繁華街の地図が添付してあった。
面接試験かー、と小波はさらにドキドキする心中を隠せなかったが、自作の同人誌を2冊選び持参することを決めた。
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