第19話 決戦! 柚子崎ビーチフェス(前編)

 いよいよやってきた、決戦の日!。

 抜けるような青空。風も穏やか。絶好のフェス日和だ。熱い一日になる予感しかしない。

 リビングからテラスに出て、ビーチを見下ろす。このコテージからは、眼下に会場を見渡すことができる。

「ジュンちゃん、もうすぐサアヤさん来るから、準備しとかないと」

「オッケー。わかってる」

 そう、今朝はサアヤさんが、ステージ用のメイクや衣装の面倒を見てくれることになっているのだ。

 今一度、ステージを見遣る。十時のスタートまでまだ時間があるというのに、砂浜には場所取りがてら日光浴を楽しんでいる人の姿も多い。もうすぐあのステージに立つのかと思うと、熱く血が騒いでしまう。

 柚子崎ビーチフェス……ここ柚子崎町で開催される音楽イベントの中でも、最大規模を誇るイベントだ。特設ステージが設けられ、ビーチ全体がフェス会場と化す。

 そしてこのフェスは、コンテストも兼ねている。柚子崎と鷺丘のライブハウス……キラービー、鷺丘南レッドエッジ、ハウスライデンの三つのライブハウスから選出された十二組のバンドが、優勝を目指して熱い闘いを繰り広げるのだ。

 コンテストは、五人の審査員による採点で勝敗が決する。ステージが終わるごとに得点が発表され、その時点で最高得点を出しているバンドが暫定王者となる。最終的に勝ち残ったバンドが優勝という訳だ。

 ボクたち空想クロワールの出番は、なんと十二番目……そう、一番最後なのだ。これはまったくもって、ヒデさんの強運の成せる業。終盤に向かってオーディエンスも増えていくはずだ。最高の順番なんじゃないかと思っている。

 去年の優勝バンド、そしてボクたちのライバルでもあるアウスレンダーは、六番目の出番だ。時間にすれば十四時頃になるだろうか。ボクたちは出番が遅い分、出発も遅めにしようと思っているのだけれど、アウスレンダーのステージに間に合うように出発したい。

 真っ赤なアウディーが、コテージの駐車場に入っていくのが見えた。サアヤさんの車だ。三人にサアヤさんが来たことを告げ、リビングで出迎える。

「おはよう、みんな。気合は充分かな」

 リビングに姿を見せたサアヤさんの手には、メイク道具のボックスと衣装やウィッグの入った紙袋が提げられていた。

「ジュンくん、ユキホちゃん、ステージメイクばっちりキメてあげるからね!」

 サアヤさんがリビングのテーブルにメイク道具を広げ、ソファーにゴシック&ロリータのドレスを並べていく。

「ジュンくん、好きなの選んでいいよ」

「ゴスロリっていっても、いろんなのあるんですね……」

 今日はビーチでのパフォーマンスなのだ。通気性を考えて、薄手のドレスを選んだ。黒と濃紅のコンビネーション……ノースリーブで涼しそうだし、スカートだって膝丈で可愛いい。黒いレースのショールとオーバースカートもポイントが高い。

「ユキホちゃんも、ゴスロリ着る? ジュンくんとおそろいにしたら可愛いと思うよ」

「さすがにゴスロリで、ドラム叩ける気がしないかな」

「そっかー。それは残念……」

「今日の衣装もホットパンツかな。いつものヤツ」

「オッケー。それじゃ、衣装に合わせてメイクするね。舞台用の、汗かいても化粧くずれしないやつだよ」

 ユキホをソファーに座らせると、サアヤさんがヘアクリップでどんどん前髪をまとめ上げ、なれた手つきでベースメイクを肌になじませていく。

「そう言えば、シドくん審査員やるんだって?」

「未だに嫌がってたけどね。かなりしつこく頼み込まれたとかで」

 手鏡をのぞきこみながら、ユキホが応える。

 フェスでは五人の審査員が、演奏とステージパフォーマンスを審査する。

 フェスの主催者として、地元の自治体、そして柚子崎と鷺丘のライブハウスが名を連ねている。審査員を務めるのは、その関係者というのが通例だ。

 主催者以外から、審査員が選ばれることは珍しい。第一回の優勝者であるシドさんに、特別審査員として白羽の矢が立ったのだそうだ。

「シドくんが、有利な点数つけてくれたりしないの?」

「あー、逆かな。アニキ身内に厳しいから」

「そっかー。変なとこ真面目だもんね……あの子」

 サアヤさんの言葉に、ユキホが苦笑する。


 身支度を終えたボクたちは、昼食を摂ってフェス会場へと向かった。関係者用のタープテントに陣どり、アウスレンダーのステージを待つ。

 去年の優勝バンドを観ようと観客が詰めかけ、スタンディングスペースは人がひしめき合っている。スタートを待ちきれない観客たちが互いの体をぶつけ合い、すでにステージ前は巨大なモッシュピットと化していた。

 ステージが始まると、一気にオーディエンスがヒートアップする。アウスレンダーに挑みかかる観客を屈服させるがごとく、リンカさんたちの音楽が叩きつけられる。相変わらず攻撃的なパフォーマンスに、思わず身震いしてしまう。

「さらに巧くなってません?」

「かなりのレベルまで仕上げてきたな」

 演奏レベルが高いのは勿論のこと、相変わらずオーディエンスのあおりが巧い。序盤から客席に熱狂を作り出し、更にヒートアップさせていく。

「んで、ジュンちゃん的には、どうなのよ」

「どうって?」

「勝てそう?」

「勝てるかどうか解らないけど、六月みたいな絶望感はないかな。いい勝負できると思う」

 大丈夫。ボクたちだってキッチリ仕上げてきたのだ。キラービーでの雪辱は、必ず晴らしてみせる。

 ライブを終えたアウスレンダーが、ステージ横の階段を降りてくる。階段脇で待つボクたち四人に気づいて、リンカさんが駆け寄ってきた。

「ヒデ! ステージ観てくれたか?」

「もちろん。最高得点おめでとう」

 ステージ終了後の採点で、アウスレンダーは本日最高得点となる九七点を叩き出して暫定王者となった。最高得点を出すとは予想していたけど、まさか九七点といいう高得点になろうとは……誰も予想していなかった。

「そんなん当たり前や。ウチらが優勝するんやからな。で、どやった。ウチらのステージ」

「圧倒されたよ。六月より、さらに良くなってる」

「せやろ? 今日はウチら、気合入っとるからな。客のノリも最高や。さすが柚子崎やな」

 満足気にリンカさんがうなづく。

「ところでリンカ、またシドさんに喧嘩売ったんだって?」

「喧嘩なんか売ってへんわ! 対バン申し込んだだけや」

 勝負しろと叫びながらシドさんに突っかかっていく、リンカさんの姿が目に浮かぶ。

「で、シドさんからの伝言」

「なんや、なんや?」

「フェスの優勝バンドと対バンしてやる、だってさ」

「ホンマかいな! それやったら、もうウチらで決まりやんか!」

 飛び上がらんがばかりの勢いで、喜びをあらわにする。

「おいおい。俺らのこと忘れてない? 優勝するの、俺たちだし」

「ほぉ。アンタらに超えられるんか? ウチらの点数を」

 不敵な笑みを浮かべて、二人が対峙する。一触即発の雰囲気になったけど、不意にリンカさんが間の抜けた声を上げて空気が緩む。

「あ、そうや……」

 キョロキョロとあたりを見回し、誰か探している様子だ。

「ジュンやったっけ? ヴォーカルの子。アイツ居てへんの?」

 リンカさんの疑問に、呆気にとられるボクたち四人。一瞬の後、ヒデさんが質問の意味を理解して苦笑する。

「居るじゃん。目の前に……」

 ヒデさんが、ゴスロリ姿のボクを指さす。いぶかしげな表情で、リンカさんが見詰めている。だけど、どうやら気づいていないらしい。

「ウチの知らん子やんな? アンタ誰や?」

 マジマジとボクの顔を覗き込む。

「えっと……ジュンですよ」

「はぁ?」

「だから、ジュンですって。お久しぶりです。リンカさん」

 ニッコリ微笑んで、彼女に向かってヒラヒラと手を振ってみせる。

 しばしの沈黙の後、周囲の皆が振り返るほどの大声でリンカさんが絶叫した。

「ちょっと待てぇや! なんでアンタ女に……はぁ!?」

「お、落ち着いて……」

「落ち着いてられるかいな! なんでアンタ、女になっとんねん!?」

「話せば長いんで、まぁ、受け入れてください」

 ジロジロと、リンカさんが全身を舐め回すように見ている。遠慮のない視線が痛い。

「ホンマもんの女の子みたいやな。いや、ビックリしたわ。意外と可愛いらしいな」

 腕を組んで、感心したようにうなづいている。

「でしょ? 自分でも、けっこう可愛いかなって」

 スカートの裾をふくらませるように、ヒラリと一回転してみせる。

「ウチが男やったら、口説いとるで」

「ほんとです? やった!」

「ジュン、アンタその格好で歌うんか?」

「そうですよ?」

「気合入った歌、聴かせてくれるんやろな?」

「もちろん、そのつもりです」

「そうか。それがアンタの出した答えなんやな。おもろいわ、期待しといたる」

 感心したように、リンカさんが何度もうなづく。

「ほな、また後でな……」

 そう言って手を振ると、彼女は背を向けて駆け出そうとする。

「リンカさん、ちょっと待って……」

「なんや?」

 立ち止まって振り返る彼女に、ボクは告げる。

「負けませんよ! 優勝するのはボクたちですから」

 驚きに目を見開き、リンカさんは呆気にとられていた。

 そして苦笑して肩をすくめる。

「言うようになったもんやで……ホンマ」

 苦笑混じりにつぶやくと、そのまま走り去っていった。

 リンカさんの後ろ姿を見送るボクの前に、ヒデさんが拳を突き出す。

「やるじゃん。宣戦布告」

「ドキドキでしたよ……」

 ヒデさんの拳に、ボクの拳を突きあわせる。

「かっこよかったよ、ジュンちゃん」

 そう言ってユキホがしがみついてくる。

「ジュンがこんなに頼もしくなるとはな」

 ノリさんがボクの肩を叩く。

 皆の言葉が、なんだかこそばゆい。

 だってリンカさん相手に宣戦布告だなんて、一番驚いているのは自分なのだから。

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