二〇 ボクの特性が難聴系の場合

「キミは今から難聴系主人公だから」


 ユウはボクの部屋にやってくるなり、ぼぼゼロ距離、耳元に唇をよせて囁くようにいったのだ。肩に触れた手のひらから伝わる熱が、ボクを甘い痺れで満たす。ずるいぞ。ちょっと動揺してしまうだろう。なんでそんなに距離が近いんだよ。


「あれだろ、なんとなく自分の都合が悪いことを聞き逃すやつ」

「やだなぁ。物語に必要な便利スキルだよ~。たまにはツッコミじゃなくてボケるのもありじゃないかなぁ」

「えっ、難聴ってボケなの?」

「ほら、そうゆうところだよ。ツッコミ体質なんだから」

「ということで、がんばれよ、難聴系主人公くん」

 なんだかなー。


 難聴。


 物語の進行上で聞こえてはいけない台詞がある。それは物語の根底に関わる部分でありながら外部でみている人には伝わっていながらも、その発せられた言葉になんらかのフィルターがかかり、当該人物、とくに主人公には聞こえていないという、非常に都合の良いパッシブスキルだ。ただ普段は通常の会話ができるので、無意識的に発動しているアクティブスキルの可能性もわずかにある……かもしれない。


「難しいけどできるかなぁ~」

「ほほう。あおってきますね。それはつまりアレだよね? 聞こえなければいいのだろう。簡単じゃね? 受けてたとう」

「言ったね。それならば、いきなり実地訓練しちゃうよ~」


「いざゆかん、難聴の高みへ」

「えっボクはその高みに行かないといけないのかよ、なんかイヤだな」

「わたしは最近Dカップになったんだよ」

「嘘は良くないぞ」

「をいっ、戦争なのか?」

「ごめんなさい」


「本当はBカップになりそうなんだよ――耳寄りな情報を無償提供していくスタイルだよ。聞こえてるよね? ふふっ、身長伸びないのにちょっと胸が膨らむとか受けるよね」

「…………」

 ふぁぁ~。こいつなんて告白をしてきやがる。

「ほーんと、キミはえっちだなぁ、ちょー顔にでてるって」

 だって奥さんBですってよ。いなかったものが現れたってことですよ。芽生えじゃん。これから萌えいずるかもしれないのだよ。これが乳化か! 奇跡じゃん。


「そこはあれだよ。えっ、なんだって? とかいわないとだめじゃんかー」

「うっせ。残念ながら心の準備ができなかったんだよ」

「めっちゃ聞こえてる反応してるじゃん、下手くそだね」

 後ろを向いたユウのうなじが真っ赤になってる。恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。ボクの心のボイスメモにしっかり保存しましたよ。ごちそうさま。


「キミは聞いてはいけないことを聞いてしまったのでお仕置きも兼ねて特訓だよ」

「特訓ですか」

「そう、特訓。私のあとに続いて、同じ言葉を繰り返すんだよ!」

「ソレくらいなら、わかった」


「ではいくよ。えっ、なんだって!」「えっ、なんだって!」

「次は。なんか言ったか?」「なんか言ったか?」

「応用系。周りがうるさくてよく聞こえなかった」「周りがうるさくてよく聞こえなかった」

「ちっぱい大好き」「ちっぱい大……す……ん?」

「ワオ。おまわりさん自首します」「おまわりさん自首します」


「ユウ可愛いな~好き好きす~。もう食べちゃいたいから、頭からまるかじりかな~。がおー」

「おい、ユウ……なにを言わせようとしている。これじゃボクはあたおかじゃないか」

「ぶっぶー。はーい。ばってーん」

「無茶言うなよ」

「基本的に、えっ、なんだってを繰り返してたらよかったのにね。ぷふっ」

 ちっくしょー。完全にからかってやがるな。まったく敵わぬよ。


「それはそうと。大事な話になるとなぜだか自動車や電車とかがきたりして、世界が干渉してくるラブコメ系スキルとかも取得してほしいよ」

「異世界では難しいのでは?」

「じゃ、暴走する馬車とかが駆け抜けていくとか」

「えっ、それ絶対に別のやばいフラグがたつよね?」

「その馬車が壁にぶつかって大爆発してすっごい大きい音がします。そこで一言」

「なんじゃこりゃー」


「ぶーぶー。物理的に耳を聞こえなくしちゃうぞ?」

「えっ、なんだって」

「ちっ。上手くなってるじゃんか」

 やべーやべー。それにしても難聴は万能だぜ。

「まぁ物理的っていっても手で耳を塞ぐだけだけどね」

 とかいいながらボクの頬を両手で挟んできた。別のなにかを想像させられるのでやめませんかねぇ、ユウさんや。


「いやー、早くスキルを習得していただかないとぉ……」

「いただかないと?」

「精神が死ぬよ」

「ちょっとまって」

「待てないよ? 聞いただけで呪われちゃう呪文とかもたまにあるじゃん」

「あーあるな。まれに」


「ということで、机の引き出しの奥に封印された黒い表紙のやばいノートの内容が白日の元にさらされます」

「なんか言ったか?」

 をーい、なぜソレを知ってる。ぐぬぬ。


「眼帯と包帯とカラコンを宝物のように隠してるんだよね」

「周りがうるさくてよく聞こえないぞ」

「本をくり抜いて中に隠してあったのになんで知ってるんだよって顔してる」

「なんか言ったか?」

「WEBに小説かいているの知ってるんだぞ、私アレ好きなんだけどな~」

「えっ、なんだって」

 ちょっとー。幼馴染に隠し事が筒抜けじゃないか。


「こないだ、丼にいれて渡したわたしのぱんつを大切に保管してるよね?」

「おまわりさん自首します」

「はい、確保~」

 って抱きついてくるの、嬉しいからやめなさいよ。ふむ。これがBの力か!? ちょっと、ユウさんや胸元に顔を寄せてハスハスしてませんかね? 伝わってくるちょっと高い体温の心地よさと、ほのかに香る幸せな匂いに脳がバグってしまいそうだよ、まったく。


「なんかまた変なこと考えてそうだけど、まぁいいか。これから話すことを聞いてしまったら、キミに災厄が訪れちゃうからねぇ」

 おい、なんか物騒なことを言いだしたぞ。

「やれやれ、よく聞こえんな」

「ほんとかなぁ~」

「いや、まじ聞こえません。聞こえていたら罰を受けますよ」


「そっかそっか。なにをいっても聞こえないいまのうちに懺悔しとくかー」

「…………」

 なんだなんだ。ちょっと心の準備が。


「冷蔵庫にあったハー◯ンダッツのバニラをこっそり食べました」

 なにしてるんだよ!

「枕元にセミの抜け殻五〇体、配置したときは面白かったなぁ~」

 起きたらセミの教祖だか神になってる気分を味わったやつだな。

「隠してあったエッチな本をちっぱいのやつに交換しました」

 おーい、なにしちゃってるんだー。隠し場所変えたのに。

「約束して。なにが聞こえても、絶対に聞こえないふりをしなきゃだめなんだよ」

「えっ、なんだって」


 それからユウはぽそぽそと吐き出すように、ゆっくりと話し始めたんだ。

「中学生になった頃に、身長が大きくならないから検査で病院に行ったんだよ。まぁ両親も体の大きな方ではないので、遺伝くらいの気持ちでいたんだよね。でもちっさすぎないってなってさぁ」

 そうだな、ちっさいのもユウの魅力のひとつぐらいに思うよな。


「そしたら、なんか色色調べられ始めちゃって、えっと、心臓があんまり良くないんだって言われてしまって。インフォームドコンセントってやつ? お医者さんってさぁ本当にはっきりと駄目なら駄目って言ってくるんだよ」

 だから、運動はあんまりやれなかったのかよ。


「最近はあんまりいい傾向じゃなかったみたいで、移植とかできないと長くないみたい。脳死は人の死だとか難しいことは分からないのだけれど、日本じゃドナーなんて望めないんだよね。しかも仮にドナーが見つかっても手術も難しいって。できても本当の大成功は五パーセントくらいだって。ゴブリンより駄目じゃんね」

「…………」

「それでも最近はちょっと調子良かったんだ。ずっとキミと遊んでただけなんだけどね。私ってどんだけキミが好きなのかねぇ、ちょっと笑ってしまったよ」


「……な、なんでだよ」

「だって、どうしようもないじゃない。費用も半端ないし諦めてたんだよ。そしたらキミのご両親とうちの親ってばこっそり募金とかやっててさ。費用はなんとかなりそうだって。だから私はちょっとの可能性にかけることにしたんだよ」


 なんだろうな、この難聴っていうのは本当に身勝手なやつだよね。聞かなかったことにして、なにもかもなしにして。なんて都合がよくて、なんでこんなに悲しい使い方なんだよ。もっといつものように莫迦みたいな話をしてくれよ。腹を抱えて笑って、じゃれあって、もっとユウと一緒にいたいって思わせろよ。こんなの絶対にヤダかんな。なんなんだよ。


「聞こえてる?」

「聞こえてないよ」

「うん、知ってる」

「だろっ」


「好き、大切な告白を断っちゃってごめんね。本当は大好き。あのときの私の嬉しい気持ちを見せてあげられないのが残念なくらいだよ。家でひとりで転がりまくったんだよ。でも、わたし臆病だからキミを残していったりできなかった。悲しんでほしくなかったから」

「……えっ……な、なんだ……って」

「キミが幸せになるといいなっていつでも思うんだ。その隣が私ならもっといいなって」

 そういいながら、ユウの唇がボクの頬に流れた涙にふれた。


「ばっか、ちゅーしたらラブコメ終わっちまうじゃないか」

「なんだか甘いね」

 それは、嬉しさや悲しさで涙を流すときは副交感神経の働きで甘く感じる成分が含まれるらしいからな。両方の感情が入り混じっているから、さぞ甘かろーよ。

 なにも聞こえなかった、いや聞きたくなかった。視界はもうぐちゃぐちゃで不確かだ。


「ありがとう。ごめんね。難聴は凄いね。つぎは普通に遊ぼうよ」

「……おう」

「あれ、聞こえないはずなんだけどなー。じゃまた今度ね」

 それから、足早でベランダから自分の部屋にもどっていった。途中で振り返って「ぱんつ食べるのはこっそりね」っていいながら。

「……だから、く……喰わねーよ」


 ユウの告白を聞いてしまった罰はあまりにも重かった。

 いつもみたいに、普通に帰っていくユウの背中をぼんやり見つめながら、ユウのぎゅっと握りすぎて白くなっていた手のひらを優しく包みたいとおもった。


 ただ、それは不可能だったわけなんだけれど。翌日、学校から帰ってきたボクは明かりの消えた隣の部屋にユウとその家族を見つけることはできなかった。



▼あとちょっとお付き合いくださると嬉しいです。ハピエンになるので。

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