一四 これは要るでしょう→非常食
「おいっすー。ねぇねぇ、今日さ異世界に寄っていこうよ?」
「なんで、クレープ屋さんみたいな感じで誘われてるのか」
ユウがやぁと元気よく手を上げながら、いつものようにベランダから侵入してくる、変な誘い文句を添えて。ボクの日常はおおかたこうして始まるのだ。
そんなユウのいでたちは、オーバーサイズのダボッとした淡い黄色のフード付きのダッフルコートを羽織っていて、裾から下は色素の薄い生足が覗いているだけだ。は、はいてないように見えるけどね。膝には空色のバンソーコーが貼ってある。少年かよ! ともあれ、やあと手を上げたときに裾の下からチラとデニムのホットパンツらしきものがのぞいていたので、安心と残念がミックスしたような心情だ。
特異な点としてはちんまりまとまった本体より存在感を示すバックパックだろうね、一目瞭然で。
「今日は常在戦場するよ」
「もうなんだかなぁ、その短いセンテンスの中で破綻してるぞ」
戦場にあってはいつ生きるか死ぬかわからない状態であるので、常に備えていようというあれだろう。今日とか明日でするものでもないじゃんか。
「四の五の言わない。めんどはげ」
ユウは、ピシャリと悪口も含めて言い切ってから、流れるように独自理論を展開する。てかその悪口気に入ってるのかよ。語感だけで使用しているフシがあるな。
「いつどこでなにがあるのか分からないんだよ! 不意に足元に魔法陣が発生するかもだし、突然教室が光に包まれるかもしれないし、都合よくトラックがツッコんでくる未来もあるじゃん、コンビニへ行って気がついたら赤い果物屋さんの前かもしれないし、目が冷めたらゲームの中のこともあるかもでしょう? わたしたちの可能性は常に分岐し続けているんだから」
「うん、そうだね(真顔)……ってねーよ」
「あ、あるもん」
そうそう、今日のユウは赤フチのメガネを鼻先に引っ掛けるように下めにずらしてかけている。それによって、座っているボクと目線があまり変わらないのに、なんとなく上目遣いのようになってるのがずるい。ボクのツボ刺激師かなにかなの? あざとかわいいんですけども。
「あと、トラックがツッコんでくるのは普通は都合が悪いことだからね」
「ちゃ、ちゃんすだから!」
あいもかわらずアホすぎて話がすすまないけど、そばにいればそれでいいかって気にもなる。ちっちゃかわいいしね。
「ということで、コレなんだよ!」
ユウはおもむろに背負っていた色鮮やかなオレンジ色のリュックサックを、つまり自分の背中をボクの方に向ける。それは圧迫感があってちょっと引くくらいの大きさだ。こんなのを持っている人なんて山のぼらーかどこぞの○九寺さんぐらいしか思い浮かばない。しかもカラビナでクッカーとかコッヘルとかマグカップ、さらにはトレッキングベルを吊るしているものだからカッコカッコ、カランカランといちいち音がなって騒々しい。
ちなみに背後からだと足しかみえない。そう生足がリュックから生えている、ようですよっと。これは大変に良いバックパック
「で、背中のそれはどういったもので?」
「ふふーん。知りたい? ねえ、知りたい?」
うぜー。聞かなかったらめんどくさいくせに。でもかわいいから許す、いや愛でる。とりあえず、うなずきと視線で先を促そう。
「そう、いつ異世界に行けるか分からないので準備を怠らないようにしようというアレデス。異世界時持ち出し袋ってやつだよ、キミ」
「羊羹とかカプ麺、カンパン、雨具、軍手、水や救急セットなんかが一般的な奴ね」
「ぶっぶー。そんな刹那的なものばっかりだとこまるよ~異世界へは片道切符だよ?」
「いや、必要じゃね? でも持っていけるのは常に身に着けているものぐらいではないかなぁ」
「枕元に置いとけば安心だから」
「……そうだね、靴も一緒に置いておくと良いね」
って、ちがーう。
「そんなわけで、もっと長期的な移住ぐらいのスパンを考えて用意しましたー」
そんな考え方もあるのか。とはいえこんなどっちが本体かわからないレベルの荷物を持ち込むのはちょっと難しいのではなかろーか。
「とにかくデカすぎんだろ。戦後の闇市で商売でもするのかよ」
「女の子は色色必要なんだよ」
「少しにしなさい」
「はっ。あ、あなたはわたしのおかーくん」
「だれだよ? とりあえず中をみせてもらってもいいか」
「あんっ……えっちだねぇ、えっちだよ、変態さんかな?」
変な声出すな。あと発言がなにかおかしくありませんかね? ボクがとても悪いことをしているみたいじゃないか。
「そ、そんなに見たいの?」
おいまて、なんだって頬を染めて上目遣いで見つめながらバックパックをおろしてるんだ。
「どーん! これが異世界にもっていくものよ!」
「まて、なぜ脱ぐし。そしてコートの下がビキニとかもどうなんだ」
ここは幼馴染が痴女ってる世界線でしたか。というか話の流れ的に巨大バックパックの中身をご開陳する流れだったとおもうのだけれども。ぶっちゃけちょっと期待というかそうじゃないかなと脳裏をよぎったりもしましたけれども……ボクの理性が悲鳴をあげちゃうからね。ビキニのボトムはデニム地でホットパンツ風。やはりデニムっぽいブラの部分はホルターネックになっているのが健康的に見えて可愛い。色白の肌とのミスマッチ感がまた良きである。そうボクは感想を忘れない男の子。なんのとは言わない。
「ささ、それで感想はよっ」
「ユウさぁ、どんだけ水着持ってるのさ」
「あるぇ~そこ? まぁ秘密だよ。女の子は秘密をいっぱい持つほどに大人になっていくものなんだよ~」
「やかましいわ」
「なんか反応が薄いなぁ。せっかく中身を見せろっていうから脱いだのに」
「
「キミはしょうがないな~」
「えーなんかボクがおかしいみたいな、ってちょっとまてあqswでfrtgひゅじこlp;@:」
そうこうしているうちに、ユウはホットパンツに手をかけて一気に下におろした。
「あ、びっくりした? ねぇねぇ、びっくりした。そんでちょっと期待した?」
うぜぇ~~~~~~。下には空色のビキニを着ておった。
「マスカラのようなルチャドール風なことをしやがって」
「千のビキニを持つ女。それがわたし!」
なぁ、可愛い顔してるだろ。でもこいつアホなんだよ。これで。
結論から言っちゃうと、ほとんどがゴミである。到底必要とは思えないものしか入っていないまである。とりあえず吟味していきたいと思います。
「大切なことを言いますのでしっかりお話を聞いてください」
「はーい、先生! わかったよ」
お話を聞く体勢といいますか、素直なのは良いのですが、その格好で体育座りされるとまた違った扉が開いちゃいそうなので考慮してほしいのだけれど……くっそ可愛いのだよなぁ。えっちだし。
「ここにふたつの箱を用意しました。こちらの小さい箱には
ついでにマジックで箱に“○”いる、“×”いらないと書き込んで可視化しておく。
「先生、大と小が逆だとおもいまーす」
「……議論が必要なようですね。とりあえず分けてみようか」
ユウはかばんの中身を取りだしてせっせと小さい箱に入れるものだから積み上がって溢れていく。まてまて大きい箱にほとんど入れていないのですけど。あと入ってるものがおかしいからね!? それから、ユウはひとしきり分類して満足げな表情をこちらに向けてくる。腕でおでこの汗を拭う仕草付きでな。
「できたよー」
「何やりきった感をだしてるんだよ。いるものに仕分けたアイテムをすべて取り出して、可燃物と不燃物にわけたらゴミ箱へドーンしろ!」
「それを捨てるなんてとんでもない」
ボクから言わせると、ガラクタばかり。どうしてそれが必要なのかが理解の範疇を超越している。えっ、というかネタだよな? ツッコミ待ちのボケなんだよな? 本気だとしたら心配なのだけど。いやいや人の価値観というものは色色だから一概に否定しちゃだめだよな。だけど、とはいえなー。
「では、質問するけれども。眼帯やカラーコンタクト、指ぬきグローブ、包帯、十字架のついたチョーカーとかはなににつかうの? あっ包帯はあってもいいのか」
「魔法を使えるようになるしね。よかった忌呪帯法はセーフかぁ」
「中二病は魔法使いじゃないっていったよね? 精神疾患からくる幻覚によく似た妄想だからな。あと包帯は使い方が間違ってる」
「嘘だ!」
「お薬だしておきますね。はい、トランキライザー」
「ぶーぶー。絶対に必要だよーだよーだよー(エコー風)」
「やかましいよっ。あとこの夥しい量のビキニとスク水はなんだろうか?」
「癒やし――キミの」
「ちょっと、なにいってるの? 少しにしておきなさいよ」
「あっ、ちょっとは良いんだ。にやにや」
あ、しまった。これチョーシにのるやつだ。とおもったらボクの肩にアゴを乗っけながら、耳元でによによしながら「えっちだなぁ」とか言ってきた。うぜぇ。
「あとこの白いゴムのかぶりものとか、ウマ面のやつとか、脱いだら目がキラキラしちゃいそうなイノシシのやつとかどうして必要なものだと思った?」
「潤い?」
「潤わないし、むしろ突然見たらビックリしたり涙目になるヤツ」
「目にうるおいだね」
「そうじゃないんだよなぁ」
ほかにも多岐にわたって詰まってるけど、お米の種籾とか各種野菜の種は真空パックになっている。外国に行くわけじゃないから検疫的なものに引っかかるわけではないのかな。ハリセンとオリハル棍とかもどうなんだろうね。自由に持っていき放題すぎないか。結論しちゃうと、文明レベルに差がない現代においても問題があるから持ち込めないものとかがあるのに、ここまで自由に持ち込んでいいのだろうか。
「でも実際にさぁ、異世界に持っていくとしたら何が必要って考えると難しいんだよ」
「そうさなぁ、海外旅行で欲しくなるものとか、どうだ?」
「ならば梅干しよっ! そしてオカユ」
「えっ、ユウは梅干し食べられないじゃん。あと普通に米でよくね?」
「それは盲点だったね。じゃぁツナマヨかな」
「おにぎりの具じゃないんだよなぁ」
「あとこれは必須だから! 味と具がなくシンプルで一切の雑味を廃した冷製スープを用意してる。ちょっと味見していいよ」
「どれどれ。うーん、水! よく冷えた水」
水はたしかに欲しいけど、災害時の大人ひとりあたり一日三リットル、三日分必要と言われているから、それだけで約十キログラム。バックパックは激重になるよね。
「確保は必須だけど、重さと質量の問題があるんだよな」
「つまり生活魔法か水魔法を覚えておけば解決だね」
「そうだな。安心だよなって覚えられねーから」
「大丈夫だよ、三十歳になれば……ねっ? がんばれがんばれ」
「ぐぬぬ。なんで諭すように言ってくる?」
こいつめ、煽りよるわ。
「あーそうそう、万能猫型自動からくり人形(青)がほしいなぁ」
「それ、ドラ○もんだよね。まぁ、無人島に持っていくもののお約束だけどな、魔法と同等に難しいんじゃないかなぁ」
「だったら究極のSDGsとして名高い“カスミジェネレータ”の開発が急がれるね」
「
「そ、そんなぁ」
「人類に何を期待してるんだよ、ハードルが高すぎてくぐるしかないじゃん」
「……手詰まりだね」
「あきらめちゃったよ。アイディアが持続的に採用不可能なヤツばかりだけど」
「ところで膝のバンソーコーどうした? ちゃんと消毒とかしとけよ~というか、やってやろうか?」
「あ、だいじょぶだいじょぶ。ひざ小僧にバンソーコーは勝利のファッションだから」
「あれ、絆創膏ってファッションだったっけ? 意味わからないんだけど」
「あれですよ、旦那。パンツ丸出しよりスカートからチラチラしたほうがよきでしょう、げへへ。生足よりほんのちょーっと隠れてたほうがよきよきだったでしょ?」
「本当にちょっとだな! あと、笑い方がゲスい」
「あ、一〇二四枚くらい貼ったほうがよかった?」
「切りが良いな。いや、それだとバンソーコーでミイラになっちゃいませんかねー」
ただ、視線は確かに惹きつけられたのでうまく誘導する手立てにはなりうるのか……ねーよ。
さてさて。とりあえず、メンドーなのでいるものといらないものの箱の文字を逆に書き換える。それから、屈んで確認すると、必要なものの方の中身にはバンソーコーしかはいってないし。なぜにこれを要らないに分類してたんだよ!
箱の中身をみて呆然としていたボクを、ユウが後ろからそっと押してきた。バランスを崩して思わず箱の中に手をついたボクをすかさず背中から捕まえてきて言うのだ。
「じゃ、コレだけでいいや」
「…………そ、そうか」
「……うん」
ほっぺたを桜色にしたボクの幼馴染がメンタルをヤりにきてる。嬉しみしかない。異世界にいってもいいかなって思っちゃっうだろ。
「キミが欲しい――――食料として(ボソッ)」
ちょ、まて。幼馴染がボクを非常食認定してる件。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます