クリぼっちですが何か
三郎
本文
12月24日。クリスマスイブ。
イルミネーションで彩られた街を一人で歩く。左を見ても、右を見てもカップルだらけ。
『あの人、よく一人でこんなところ歩けるね』と言わんばかりの嘲笑など、このライトアップされた美しい景色の前ではどうでも良くなる。
私はクリスマスが嫌いだ。一人でいると馬鹿にされるから。だけど、この景色だけは好き。一人でいることを馬鹿にされても見に出かけたくなるほどに。
さらに今年は雪が降っている。イルミネーションに照らされる白い雪の美しさといったら。見惚れていると「お姉さん一人?」と、男性の声。無視して歩いていると、男性は追いかけてきて、私の右肩を掴んだ。右腕を上げて、そのまま回転すると男性の腕は簡単に私の肩から離れる。男性がきょとんとしている隙に走って逃げる。護身術を習っておいて良かった。
全く。クリスマスは嫌いだ。こういう輩に絡まれるから。それでも毎年外に出るのは、どうしてもイルミネーションで彩られた街を見たいから。それと……
「予約していたケーキを取りにきました」
行きつけのケーキ屋で、この時期だけの限定のケーキが販売されるから。ブッシュ・ド・ノエル。クリスマスの木を意味するフランス語の名前がつけられたロールケーキだ。その名の通り、丸太のような見た目が特徴で、その上にはサンタクロースを模したイチゴや、チョコレートで作られたトナカイなどの飾りが乗っている。味だけではなく、見た目も毎年楽しみにしている。
「いつもありがとね」
「できればクリスマス以外も常時販売してほしいです」
「そう言われてもなぁ。特別感が無くなるからなぁ」
「私は毎日買いにきますよ」
「はははっ。好きだねぇ」
「好きです。ここのケーキ。また来年も買いにきますね」
「ありがとう。来年も作って待ってるよ」
「よろしくお願いします。推しの誕生日になったらまた来ます」
「はははっ。次の推しの誕生日いつ?」
「一月二十一日です」
「その次は?」
「一月三十日。一月はその二回ですね」
「あれ、一月ってもう一回くらいなかった?」
「……もう一人は訳あって推せなくなったので……」
「あらら。まぁ、そういうこともあるわなぁ……」
この店の店主は好き。私のことを寂しい女扱いせずに、ただの客として扱ってくれるから。プライベートに詮索してこないし、私の推しの誕生日を一緒に祝ってくれる。良い人だ。だけど、別に恋愛的な感情を抱くことはない。彼女は既婚者だし、そもそも私は、三十年生きてきて他人に対して友愛以上の感情を抱いたことがない。異性にも、同性にも。そもそも、恋愛そのものに興味が無いない。人生を共に生きるパートナーがいることは素敵なことだと思うが、別に無理してまで作りたいとは思わない。
世の中には、クリスマスのためだけに恋人を作る人もいるらしい。馬鹿にされることが辛くて見栄を張りたくなる気持ちは少しだけ分かる。私も若い頃、周りに流されて一人の男性と付き合った。その結果、無理して恋愛なんてするもんじゃないなという結論に至った。手を繋ぐまでは良いけれど、キスやセックスは苦痛で仕方なかった。彼にとってはそれを出来ないことが苦痛だったらしいけれど。彼曰く「普通は好きな人とはそういうことをしたくなるもの」らしい。
だけど私は知った。普通とは、多数決で勝手に決まった概念でしかないと。だから別に、普通から外れても、それは間違いではないのだと。とあるバーのマスターがそう教えてくれた。恋愛に興味を示さない人間は、私以外にも存在するのだと。アセクシャルやアロマンティックと呼ばれているらしい。私も多分それなのだろう。というと友人や家族は「まだ恋を知らないだけ」と言う。その可能性もなくはないけれど、別に知りたいとも思わないのだから放っておいてほしい。
「ただいま」
誰もない家にそう挨拶をして、ケーキを冷蔵庫に入れ、この日のためにタレに漬け込んでおいた骨付きの鶏もも肉を余熱したオーブンに入れる。
一人のいいところは、この鶏肉もケーキも、一人で好きなだけ食べられるところだと思う。私は五人兄弟の長女で『お姉ちゃんでしょ』と散々我慢させられてきた。妹達と離れた今はもう、お姉ちゃんだからと我慢する必要など無い。好きなものを好きなだけ食べられるし、好きなことをできる。この自由を奪われるくらいなら、恋人も子供も要らない。
「あふ……あふ……」
焼きたての肉にかぶりつく。タレの染み込んだあつあつの肉が、幸せを胃に運ぶ。クリぼっちじゃない皆様は、きっと、チキンは一人一本までという制限をかけられるのだろう。けれど私は、もう一本に手をつける。それを叱る人は居ない。ここには私しか居ないのだから。どれほどご飯が進もうとも、食べ過ぎたら太るよと叱る人もいない。ちなみに私は自他共に認める大食いだが、BMIは標準の範囲だ。健康診断でも特に異常は無い。健康を保つために、食べた分の運動もしている。
「はぁ……幸せ……」
しかし、幸せはこれだけで終わりではない。お風呂上がりには、ブッシュ・ド・ノエルが待っている。
期待に胸を膨らませながら風呂に入り、上がり、冷蔵庫からケーキを取り出す。箱を開けると、思わぬサプライズが待っていた。なんと、ケーキの他に、プリンが一つ入っていたのだ。そのプリンには一枚のメッセージカードがついていた。丁寧な字で『いつも来てくれるからサービス。またよろしくね』というメッセージと、二頭身で可愛らしいサンタクロースのイラスト。『メリークリスマス』と吹き出しがつけられている。思わず笑みが溢れる。
私に恋人は居ない。こんなに美味しいものを分け合ってもいいと思える人に出会えたら、それは素敵なことだと思う。だけどこの先も、よっぽど気が合う人が見つからない限りはパートナーを作る気はない。
ケーキの写真を撮る私の顔はどんな顔をしているだろうか。寂しい顔をしているだろうか。否。自分では見えないけど、分かる。今私は最高に幸せそうな顔をしていると。何故なら幸せだから。
来年も再来年もきっと私はクリぼっち。寂しい女だと哀れまれるだろう。だけど関係無い。私の幸せは私が決めるのだから。
クリぼっちですが何か 三郎 @sabu_saburou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます