げーくんのホームラン

イネ

第1話

 げーくんは、どこにでもいるふつうの男の子。デキは、あまり良くない。

 クラスではいちばんチビで、かけっこもいつもビリッけつ。勉強もあまり好きじゃないけれど、今日も元気に生きているのでありました。

 げーくんの口ぐせは、「げぇ~」。

 お母さんが「宿題しなさいよ」と言うと、「げぇ~」って言う。

「お風呂に入りなさい」

「げぇ~」

「妹のめんどうをみなさい」

「げぇ~」

 それでみんな、お父さんもお母さんも、お友達も「げーくん」と呼ぶのです。


 ある日、近くの空き地でげーくんはお友達と野球をしていました。野球といっても、いつも三人か四人しかいなくて、おもちゃのバットとスーパーボールで、投げたり打ったり、足で蹴飛ばしたりもするのです。

 げーくんは野球もへったくそ。もちろんホームランなんて打ったことがありません。けれどもまだ打ったことがないからといって、今日も明日も打てないとは限りませんよ。

 さあ、げーくん、張り切って。

 ピッチャーが第一球を投げました。それ。

「げぇ~」

 げーくん、空振り。

 スーパーボールがあっちこっち弾むので、キャッチャーは大あわて。

 第二球。それ。

「げぇ~」

 げーくん、また空振り。

 第三球。それ。

「げっげっ、よし、当たった、当たったよ」

「だめだめ。今のはファールっていうの。ボールどっか行っちゃった」

 げーくん、おしかったね。

 スーパーボールはげーくんのバットをつるりと滑って、べよ~ん、べよ~ん、カエルみたいに跳ねて草むらに消えてしまいました。

「げーくんたら、ぜんぜん打てないんじゃないか」

 そばで見ていたお友達が笑います。

 笑いながら、手のひらの上でころころと転がしているのは、なんと五百円玉ではありませんか。

「あ、それ五百円玉だな!」

「わあ、お金持ってるぞ。大金持ちだぞ」

「いいなあ。うわーい」

「うわーい」

 大金を目にすると、うらやましがったり、見せびらかしたり、一度に恥知らずになってしまうのは、大人も子供も同じですね。そのせいで、この後とんでもなくばかばかしいことが起きてしまったのです。

「おい、げーくん。これ打ってみろよ」

 その子は、これからマンガを買いに行くつもりでにぎりしめていた五百円玉を、あろうことかげーくんに向かってひょいと放り投げてしまいました。どうせ空振りするに違いないと決めていたのです。

 ところがその瞬間、カツーン・・・!

 げーくんが見事に打ち上げた五百円玉は、センターをぐんぐん伸びて、空へキラリと光って見えなくなったかと思うと、その先にあるお友達の家の二階の窓が「こつん」、ガラ、ピシッ、ドッシャーンと、粉々に砕け散ってしまったのでした。

「げぇぇぇ~」


 夕方、お父さんとお母さんに連れられて、げーくんはお友達の家にあやまりに行きました。あっちの家で五百円玉を返し、こっちの家で窓ガラスを弁償します。

 家に帰ってくると、お母さんはカンカン。お父さんもぶつくさ。

「やれやれ。げーくんのおかげでひどいめにあった。しかし書斎だかなんだか知らんが、窓ガラス一枚に二万円だとさ。ご立派なお宅だよ」

「おまけに五百円玉も見つからなかったじゃないの。あの人、ネコババしたのかしら。まあ、しかたがないわ。悪いのはげーくんのほうだもの。げーくん、反省しなさいよ」

「げぇ~」

 げーくん、しょんぼり。

 テレビの前へ行って、妹のいっちゃんのとなりにぐでーっと寝転びました。いっちゃんはぴくりとも動きません。仏像のように座ったままで、うっすらと目を開けて、左手には食べかけのウインナーをにぎりしめています。

 まったく。

 げーくんの災難も知らずに、妹だなんてじつに安らかなものではありませんか。

「お母さん、いっちゃん死んでるよ」

「死んでない。寝てるの」

「座ったまま?」

「座ったまま」

「いっちゃんは大仏なの」

「大仏ではありません。さあ、げーくん、そろそろご飯だから、いっちゃんを起こしてちょうだい。お兄ちゃんなんだから」

 やれやれ。お兄ちゃんには落ち込むひまも与えられません。

 どっこいしょと、げーくんがいっちゃんを抱き上げると、いっちゃんはいよいよ不気味にほほえんで、ウインナーをどこかへポイ、げーくんの肩によだれをだらーり、ついでにおならを、ぶうぅ。

「げぇぇぇ~」

 もう踏んだり蹴ったり。お兄ちゃんというのは本当に損ですよ。

 どんなにがんばったって、お父さんもお母さんもまったく気付いてくれないし、それどころかげーくんは毎日おこられてばっかり。まだなんにもしていないうちから、「悪さをしてはだめですよ!」と事前に叱られることもあるのです。

 おまけに妹ときたらなんてばっちぃんでしょう。このままゴミ箱に放り投げてしまおうかしら。なんてね。

 でもね、げーくん。

 妹のいっちゃんがもう少しだけ大きかったなら、きっとこう言ったはずですよ。

「げーくん、初ホームランおめでとう!」



【げーくんのホームラン・完】

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