夜食
金子ふみよ
第1話
午前0時30分を回っていた。ぐうんと伸びをして、カップを傾けると白い底がうっすらと見えるほどしかコーヒーは残ってなかった。
12月24日、いやもう25日になっていた。来月のシフトの修正をどうにか終えて明日、いや今日の提出には間に合った。それだけではなかった。町内会の回覧板も仕上げなければならなかった。
ほっとした。もう寝られる。と思うと、腹が鳴った。考えることはすでに寝て起きてからのことだった。ショートケーキとかスパークリングワインとか、チキンとか、クリスマスだし、仕事納めももうすぐだし。
けれどこの腹の感じはすぐに寝付けなさそうでもあった。すっかり体は重くなっているのに寝たくても寝られないというのは居ても立っても居られない。
カップをもってキッチンに入った。ただ水を浸しておくにしても。冷蔵庫横のユニットワゴンに緑のたぬきがあるのを見つけた。(31日、年越しそばにでもって買ったんだっけ)。腹が鳴った。健康診断の結果が頭をよぎった。けれども。保温ポットにはまだお湯があった。(ご褒美に)。包装用紙を開け、夜食の準備を始めた。お湯を注いで、ふたをする。シンクに置いたカップをすすいで、残ったお湯と少しの水を足した。飲んだ。3分は始まったばかりだった。(仕事納めをしたら、天気見てウォーキングだな、長めに)。印刷機の音が止まり、部屋が静かになった。(クリスマスらしくねえなあ)。スウェット姿のままもう一度伸びをした。大きく息を吐くと、思い出すことがあった。彼女と別れたのは3か月前。それまでは……指折り数えてみた。クリスマスに独り身であった記憶。交際をしていた時、友人たちと飲んだくれていた時。家族以外で一人だったのは、(大学受験の時か)。さみしさではなかった。むしろ懐かしくあった。(そういえば)。もう20数年前の記憶なのにはっきりと思い出せた。高三のクリスマスの夜もこうして緑のたぬきを夜食にしていたことを。その時は、箱買いしてあった気がする、確か。
三分経った。部屋に持って行って啜り始めた。鼻が出そうになったので噛みながらティッシュで鼻をぬぐった。大学合格のために勉強していた夜。今や仕事なんかのために費やす夜。比べてしまうのは加齢のせいだと自嘲した。一旦箸を止めて咀嚼終えると首を横にゆっくりと傾けた。パキリと鳴った。(あの時はこんなだるい気はなかったかなあ)。ぼやいてからまた啜りだした。そばはもう食った。いや、細かい面が浮かんでいる、沈んでいる。一本摘まんで口にすると、汁を飲もうとカップを傾けた。グビリと一口啜ると、テーブルに置いた。血圧が去年より若干高くなったことを思い出したのだ。(あの頃はカロリーなんて考えもしなかったのにな)。愚痴ならいくらでも思える。もう一口汁を啜ってから、三角コーナーに捨てた。空いたカップに水を注いで半分くらい飲んだ。
「旨かった」
英気が養える感はあの頃と変わってはいなかった。
夜食 金子ふみよ @fmy-knk_03_21
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