036 弟《ジョット》の役割
派閥の
それを引き連れて歩きながら、しゃくりあげて泣く
「どうしたんだよ。お前の望み通りだろ?」
ついさっき、俺の
功労を見てからという約束だったが、英名な
なのに何でサリスは喜んでいないのか。嬉しいから泣いているのか?
ギリスは思い出しても自分が泣いた記憶がなく、人がどういう時に泣くものなのか、今ひとつ分かりかねていた。
嬉しい時にも泣くのだ。人は。それなら
「喜んでるの? お前?」
ギリスは小声で聞いてみた。
「悲しんでるんです!!」
怒った声でサリスファーがギリスに怒鳴ってきた。
「だから何が悲しいんだよ。
そうだったよなと、学房から派閥に戻る道での会話を反芻して、ギリスは確認した。
それでもサリスファーが怒っているのは間違いない。少なくとも今は、幸せそうに笑ってはいなかった。
「今日じゃないですよ! 誰が今日なんて言いました!?
噛み付くように言いながら、
「俺たち、皆、病気じゃない? 生まれつき……」
「そういうことじゃないんです。隠しておられますけど、
「そうなの?」
ギリスは困って顔を
たった一人しかいない
一人だけとは思わないじゃないか。
ジェレフには何人か、施療院で世話を焼いている
かく言う自分も、ジェレフの
とにかく複雑だった。
ジェレフがもし今すぐくたばるというなら、もしや自分が面倒見てやるのかと、ギリスは思案した。
そんな話は聞いてない。
ジェレフはまだ全然、死にそうではないから、そんなことを言ってこないだけなのだろうか。
それとも、もっとマシな
英雄の、最期の世話とはつまり、葬式の手配のことだ。死んだ者を墓所に片付ける手配だ。
英雄達の肉体の、死後の行き場は決まっている。王宮の、さらに地下に墓所があり、英雄達の墓がある。そこに名の入った落ち着き場所がもう決まっている者も多い。
大体は派閥ごとのまとまりで、仕えた玉座の治世ごとの時代でまとめられ、たくさんの石と骨が闇の中の回廊で眠っている。
死後の英雄達は施療院で頭の中の石を取り出され、それとは二つの身に分かれて眠るのだ。
死後までも石に苦しめられぬようにという事らしい。
ギリスにはそれは妙な気がしたが、石が痛む者たちは、そうしたいのだろう。魔法とともに生きた生涯から解放されて眠りたいのだ。
それでも石を一緒に葬るあたり、英雄たちの未練と言えた。
痛みと短命を別にすれば、石は悪いものではない。
ギリスの頭の中の石も、いくつかの不足と引き換えに、只人にはない大魔法をふるう力を与えてくれた。
それと死後に別れたいか、難しいところだ。ジェレフはそうしたいだろうか?
あの、英明なる
それをやるには、この
一体誰が、死んだ
必ずしも
誰でも良いのだ。サリスファーでなくとも。気にすることはない。
魔法戦士の兄弟関係は、特に何かの契約を交わすわけではない。庇護を与える
だから
サリスファーは義理堅いのかもしれないが、皆がそうとは言えない。
常に付き従って、毎度一緒に飯を食うほど親しい間柄の者もいれば、
ジェレフなんかは、もう
それでも必要な時、
生涯仕えてもよいと思う相手でなければ、気楽に叩頭などできない。
サリスファーにとって、エル・ユーレランがそうであったか、ギリスは知らなかった。
もしもそうなら、勝手に引き離してまずかったのではないか。
そうは思うが、あいにくもう、やってしまった後だ。
エル・ユーレランはこの泣き虫の
「
急に言い淀んで、今まで威勢よく喚いていたサリスファーは、糸が切れた操り人形のように、がくりと
それでもギリスが歩くのに付いて来てはいた。
魂がないのに歩いてるみたいな、よろめく足取りだ。
「最低だ……」
穴の底から響いてくるような陰鬱な声で、サリスファーが呟いた。
「えっ、俺が!?」
非難されているのかと思い、ギリスは驚いた。そこまで言われねばならない事なのか。
「違いますよ!! 僕がです!!」
ぎゃんぎゃん吠える子犬のように泣いて、サリスファーは自分を責めていた。
「そんなことないよ」
ギリスは適当に返事をしておいた。
もしや最低なのかもしれなかったが、そう言ってもしょうがない。
サリスファーもギリスの安易な返事に納得はしていないようだ。
「いいえ絶対、皆もそう思っています。だってさっき、後を付いてこなかったじゃないですか!? ジェルダインだって、子供部屋の頃からずっと僕と一緒だったのに、追って来なかったでしょう。僕を見捨てたんだ」
うわあ、と
ギリスは呆気にとられて、
ジェルダインて誰だ、と、ギリスは内心首をひねったが、たぶんこいつの友達だ。
学房からついてきた六人いた連中の内の一人で、確か、透視術を使う。
あいつも、その
透視術師とは、ずいぶん物静かな連中らしい。
友が怒り、あるいは叱られていても、すぐ横にいて一言も発さないとは。
そんな薄情な奴らと縁が切れるなら、それはそれで良かったよとギリスは思ったが、サリスファーはまだめそめそ泣いていた。よっぽど子供部屋の友が大事らしい。
その
だいたい自分は昔から、めそめそ泣いている貧弱なチビに弱い。放っといてはいけないような気分になるのだ。
「いや……あのさ。サリス。嫌だったら戻っていいよ。戻って、
「言う訳ないでしょう。そんな馬鹿みたいなこと本気で言ってるんですか」
怒っているのか、サリスファーは噛み付くような早口でギリスに言った。
それから、急にくしゃくしゃっと嘆く顔になり、低く呻いて顔を覆っていた。
「すみません、失礼な口をきいて。僕のこと見捨てないでください。この上、ギリスの
「
今それに思い至ったという表情で、
ギリスはそれも、ただ唖然としてぼんやり見るしかなかった。
なんと言ってよいかも分からない。
「サリス。とりあえず俺は
「嫌です。追い出さないでくださいよ」
しがみつくように
王宮の廊下には自分たちだけが歩いている訳ではないせいだ。
「仕事をください」
断固としてサリスファーは要求してきた。
「無いよ、お前に頼める仕事なんて」
「僕、何でもします。あっ……お菓子を買ってきます。持って行くのに要るでしょう」
簡単な仕事だった。確かに必要だったかもしれない。
だがギリスはそれを侍女のキーラに頼むつもりだった。
最初に新星の部屋を訪ねる時にも、ギリスがそのための着替えの手伝いを命じたら、手土産は何になさいますかとキーラが聞いて来た。
それで、どうしようかと相談したら、スィグル・レイラスの居室の侍女たちが好む菓子にせよとキーラが言い、買って来てくれたのだ。
頼れる。気の利く女だ。ギリスは侍女キーラのことをそう思っていた。
泣きじゃくっているチビの英雄よりは、侍女キーラの方がよほどの
「別にいいんだけど……他に頼める奴がいるし」
ギリスが控え目に断ると、サリスファーは怪訝な顔をした。
「
「いないけど?」
いるとしたら新星スィグル・レイラスだけだ。ギリスが射手で、あれが新星なのだとしたら、この部族では族長は竜の涙の弟だとされている。
伝説上の魔法戦士、エル・ディノトリスが族長アンフィバロウの兄だったせいだ。
名目上のことだが、それに
全く可愛げのない、言うことを聞くわけでも、
それでもサリスファーとは立場が違う。あれは王族なのだから、兄弟関係は名目だけのことだ。
「じゃあ! 僕にお命じください。それが当たり前でしょう。買って持っていきますね、お菓子。何がいいですか」
「女英雄にうけるやつにして。何でもいいから」
「無理難題じゃないですか。行って来ます」
文句も言わずとは行かないが、サリスファーは袖で最後の涙を拭い、たった今泣いたような顔で、ギリスとは別のほうへ四辻を曲がっていった。
間に合うように戻ってくるのかどうか。
やはりキーラにも頼んだほうがいいだろう。ギリスには
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