狐の喧嘩を見る狸

櫻色天

第1話

「きつねの油揚げはいつ食べるのがいいんだ?」

この言葉をきっかけに俺たちの友情に亀裂が入りそうになった。



 大学生になって何か月たった俺は一人暮らしで住んでいる部屋に小学生から付き合いのある地元の友達、ゆうき、直人を招き入れた。その日は12月の今年一番の寒い夜で苦学生だった私は暖房も買う余裕がなかったため、身体を冷やさないために何か温かいものを食べることにした。そして俺たちは見つけてしまった。この寒い気候にピッタリの食べ物をそう。赤いきつね3つと緑のたぬき1つである。

「良かったあ~これで凍死にならなくて済むぜ!」

「凍死なんて大袈裟な。そんなでかいの腹に蓄えといて死ぬことはないよ」

俺ははゆうきの声に肥えた腹をさすって見せた。

「うるせえ!そもそもなんで暖房がこの家にないんだよ」

「仕方ないだろ?金がないんだから。赤いきつねやるから許してくれよ」

「寒い。早く湯を沸かしてくれ」

と直人はいつものようにとげとげしい。こいつは根っからのひねくれ者だ。

「どいつもこいつも文句ばかりでうるさいな」

と俺はぶつぶつ言いながら鍋に並々の水を入れ火にかけた。

「なんで?お前きつねとたぬきアンバランスなんだ」

とゆうきは俺に何か不敵な笑みを浮かべて見せた。それを察した俺は

「そりゃお前決まっているだろうが!せーの・・・」

「俺らはきつねがすきだからさ!!」

と二人息ピッタリ。

「おう!お前やっぱ気が合うな!」

と大きな声でゆうきと俺は高笑いした。

「大声出すなよ。うるさいなあ。しかもその話何回も聞いたし」

しかし、直人は冷めた目でこちらを見る。

「あの丁度よく細いきしめんに温かいうどんの汁。そしてなんと言っても汁が染みこんだ表面積半分以上を占める大きな油揚げ。これが体の隅々に染みわたるんだよなあ」

「ああ。間違いない。きつねは人類英知の結晶だ」

そうこう言っている内にぐつぐつとお湯が沸く。俺たちはアツアツのお湯を注ぎ、5分測る。

「お前らきつねが好きなんだろう?だったら油揚げはいつ食べるのが正解なんだ?」

と直人の何気ない疑問が仲のいい我々に投げかけられた。しかし、どんな疑問も恐れるに足りない。俺とゆうきは運命共同体であるからだ。

「そんなの決まっているよな!」

「ああ。間違いない。きつね派の団結力をなめないでほしいよな」

せーの

俺:「先だ!」

ゆうき:「後だ!」

俺:「あ?」

ゆうき:「あ?」

カーン

試合開始のゴングが鳴らされた。勝負はきつねができるまでの5分間マッチである。

「てめえ今なんつった?油揚げを後に食べるだ?そんなの麺食う時邪魔になるだろうが」

「邪魔になんねーよ。俺は油揚げを愛しているからな。逆に麺を油揚げの下から掬い上げることこそきつねの醍醐味だろうが。そもそも先に油揚げを食べるだ?なめてんのか?それじゃあちゃんと汁染みこまないでしょうが!!」

「なわけあるか5分の内にしっかりしみ込んでいるわ!と言うか一味どうしてるんだよ?邪魔になってかけられないだろ?」

「バカ言え!一味は油揚げの上に散らすに決まっているだろうが!あの甘い油揚げに辛みが足されるからこそ油揚げの旨味に磨きがかかるんだろうが」

「はあ?甘い油揚げは甘い油揚げとして食べるのが一番いいにきまっているだろ?」

「お前らバカなのか?普通に油揚げ最初に半分食べて後でもう半分食べればいいじゃないのか?」

と、直人の冷静な突っ込み。しかし、デッドヒートしている我々の油揚げ論争はもうとどまるところを知らない。

「うるせえ!お前は黙っとけ」

「そもそもそんな細かいことばかり言っとるからクリスマス前になっても彼女できないんだろ?」

ゆうき渾身、言葉のボディブローがさく裂。

「んぐっ・・・」

俺に大きなダメージ。

「お前だって彼女いないじゃないか。そんなガサツなことばかりやっているから彼女できないんじゃないのか。太ってるし」

「太っているのは関係ないだろ!!」

「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」

お互いの攻め続け合いで息が切れる。

「なんだよ?まだやる気か?」

「そっちこそもう息が切れて限界そうじゃないのか?」

「なんのこれしき。お前を油揚げは後って認めさせるまで終わらせねええ」

「望むところだよ!!俺もお前が先に食べさせると言わすまで終わらせねえええ!!」

すると

ピピピピピピ

と、タイマーの音が部屋中に鳴り響く。

俺とゆうきはすかさず、音の発信源である直人の方に振り向いた。

「ってうるせええ!まだ五分経ってないだろうがああ!」

「三分経ったよ」

「うるせええ!勝負はこれからだああ・・・ってお前それ緑のたぬきじゃねえかあ!」

そう、赤いきつねはお湯を入れて五分。たぬきはお湯を入れて三分で出来上がるのだ。

「残念ながら俺はたぬき派だからな」

と悠々自適に構える直人。

「やっぱりお前ら喧嘩になると思ったよ。いつも油揚げのことで喧嘩して飽きないのか。しかし、有意義な三分だったよ。三分間何もしないより酔っ払いの喧嘩でも見てた方がいいからな。三分の余興をありがとう」

「くっそ・・・なんか釈然としねえ」

「こいつマジで性格どうにかしてんな。これで彼女持ちとかどうかしてるぜ。世の中は」

「だけど・・・なんか懐かしいなこの感覚。俺らって小学生からの仲からだろ?いつもお前らが喧嘩して俺が傍から見る構図は昔から変わらないよな。そうやって何年も何年もこうやってきて大学生で離ればなれになってもこうやってたまに集まる。いい関係かもな」

そう言いながらズルズルと、汁の絡まったそばを直人はすする。その音は沈黙した部屋の中で大きく響き渡った。

「なんか気恥ずかしいな」

ピピピピピピとついに5分経ったことを知らせる音が部屋中に丁度良く轟渡る。

「なんか冷めちゃったな」

「ああ。でも代わりにうどんは冷めないうちに食べるか」

「そうだな」

蓋を外し、私は油揚げを最初に食し、ゆうきは後に食す。そしてフーフーと息を吹きかけ一気にすする。もちもちの麺の食感。少し熱いくらいがちょうどいい汁が口全体に広がっていく。すすった勢いなのかゆうきの口元にはネギがついていた。三人とも目を見合わせて口を大きく開けて大笑いした。温かいうどんとそばを食べ、大笑いした私たちは寒い部屋の中でもちょっぴり汗をかいていたのであった。


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狐の喧嘩を見る狸 櫻色天 @sakurairosora

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