名探偵ねじ巻き

「涙の雨のその先で、きっと笑顔が咲くからさ」


降りしきる土砂降りの音を縫うようにして、死に際に彼の放った細く短い一言。

どんな恨み言も覚悟していたが、これは予想の範疇外だった。

後悔だけが深く、ひどく心に突き刺さる。


叶うならば、僕を―――






「犯人は、この中に居ます!」


通俗小説に登場するような、な格好をした探偵きどりが叫ぶ。

ここは山間にある孤立した館で、その主である牧野 修三氏が今朝殺されていた。

悪天候のせいか、外との連絡手段が絶たれた、所謂クローズド・サークル状態の館でだ。

死因は見るからに絞殺、天井からぶら下がった縄に首を巻き付けて彼は死んでいた。

巻き込まれただけの僕は、知らぬ存ぜぬでそれらしくバイプレーヤーに勤しめばいいだけだ。


「犯人がこの中にいるってどういう事だよ探偵さん!」


「そうよ!牧野さんは自殺したんじゃなかったの!?」


そういえばそんな風になっていたんだっけか。

そうなれば、僕は脇役ですらない。傍からコメディを眺める、只の観客の一人、という事だ。


「そう、それこそ犯人の仕掛けたミスリードだったのですよ!」


わざとらしく大げさに探偵は叫ぶ。

今にも「な、なんだってぇー!」と叫びだしそうな容疑者達を横目に、僕は僕の推理をまとめる。


殺された館の主は、容疑者の一人である坂本 明美に多額の借金をしていた。

それが理由で殺されたとは考えにくいが、坂本との間に何かしらの因縁があったのは間違いない。


死体の第一発見者の遠山 淳にだけ、アリバイがない。

探偵含め、全員が誰かしらからの証言を受けている中、遠山だけは昨日の夕食…つまり午後8時以降誰とも合っていないことになる。

順当に考えるなら遠山が一番怪しいが、彼が犯人ならわざわざ死体の第一発見者になる必要がない。

死体の発見を遅らせれば、アリバイを作ることもできただろうに…


最後に、殺された牧野の妻、牧野 由紀子

夫婦の仲は良かったらしく、彼女には殺害の動機がない。

事件前夜も二人で来月の旅行の計画を立てていた程だ。


あの探偵が犯人でないと言い切れないが、流石にそれはないだろう

やはり遠山だな。

僕は、横にいるにそっと耳打ちした。

「犯人は、遠山だ」と

その時、探偵が準備を終わらせ推理の披露を開始する。


「さて、皆様これをご覧ください!」


「そ、それは!」


探偵が用意したのは…

牧野 由紀子の不倫の写真。


「由紀子さん、これが何だか分かりますよね?」


「な、何よそれ!捏造か何かじゃないの!そ、それに写真が本物でも、私が修三さんを殺した証拠にはならないじゃない!」


おいおい、そんな物を用意してたのかよ

予め僕達に教えてくれても良かっただろうに…


「それに!探偵さん仰ってましたよね!女性の力じゃこの犯行は無理だ、って!」


「えぇ、確かに私は言いました。と、あなたには牧野さんを殺せないでしょうね。あなたが本当に、ならね!」


おいおいおい、流石にそれは…


「そう…気づいていたのね、探偵さん。そうよ、私の本当の名前は牧野 由紀子じゃない。彼とも籍を入れてはいないわ… 一体、いつ気がついたのかしら?」


な、なんだってぇー!

流石にそれは読めないって!

僕の横の探偵きどりも、目をパチクリさせている。


それから、牧野 由紀子…いや、彼の本名は竹田 龍だったか…

彼は共に同性愛者であった牧野と恋仲にあった。

しかし、交際を重ねる度牧野との心の距離が離れていくのを感じた。

そんな時、一時の感情に流されて浮気を働いたことが牧野にバレてしまう。

そして犯行に至った…と


土砂降りだった雨は止み、雲間から太陽が顔をのぞかせる。

牧野 由紀子の、心の曇を晴らすように…






「どうだった?」


僕な隣の探偵きどりに問う。

結果、僕達の推理は大外れ。

探偵として名乗る間もなく、物語の幕は閉じてしまったわけだ。

探偵きどりは物語を切り替える。

映し出されるは、良くできたコント。


「まぁ、ぶっちゃけクソつまらなかったよね」


途中から僕を呼んでおいて何たる言い草か…


「なんてタイトルだっけ?」


「ん?えっ〜とね、名探偵ねじ巻き」


「センスのカケラもないじゃん」


テレビから観客の笑い声が響き渡る。

最初から、こっちのコント番組を見ればよかったじゃないか…などと言っても後の祭り。


僕は、竹田 龍の最後の言葉を思い出す。


「こんなことなら、好きにならなければ良かった」と


牧野は彼を責めなかったらしい、殺された後でも。

それがどんなに辛いことか、いっそ恨まれた方が何倍もマシだっただろう。

竹田は一生牧野に取り憑かれるだろう。

それが幸か不幸かは、神のみぞ知るといったところか。


竹田は言葉を続ける。


「勝手に心に住み着いた、本当に迷惑な人だ」

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