うたたね

朝霧

うたたね

「お前はそういうことができる器用な奴じゃないだろ。今も含めてこれを演技でやってるっていうんだったら感服もんだ。……というかお前は疑わなかったのか?」

「万が一そうだったとして、手放すとでも?」

「…………はいはい、お前はそーいう奴だった」

「……ん」

 頭をぐいぐい押し付けてくるので素直に撫でる。

 メンタルブレイクした時のこの男は最弱だが、それ以外の時は基本的に引くほど最強だ。

「離れようとしたらぶっころす」

「はいはい、わかってるわかってる。その時は一緒に地獄に堕ちてやるよ」

「あいつとはもう二度と口を聞くなよ」

「善処はする」

「……あ゛?」

「妖精関連でなんかあったら流石に、な? あと一応双子の兄弟なんだろ? 結婚のご報告とかする時喋んなきゃならないんでは?」

「……俺の家族は爺ちゃんだけだからアレに顔を合わせる必要はない」

「お前がそう言うなら別にいいけどさ」

 手触りの良い髪を撫で続けていると、こいつ本当に猫っぽいよなと改めて思う。

 元カレの方は犬だったが、こいつは完璧に猫だ。

 犬は構うと喜ぶが、猫は構ってやらないとキレるのだ。

 どちらも飼ったことがないので実際は違うのかもしれないし個体差はあるのだろうけど。

 そんなことを考えていたらひょいと身体を持ち上げられる。

 こいつ華奢なくせに意外と力があるよな、変身してるわけじゃないから素でこれなんだろうけど、普通にとんでもないな。

 いつものようにベッドに放られ、抱きしめられる。

 急に甘やかしたがりになったらしい奴に優しい手つきで頭を撫でられる。

 冷え性の私と違って子供体温な奴の身体に包まれているうちに、だんだんと眠くなってきた。

 こちらが眠たくなってきたタイミングで奴は背をポンポンと叩いてくる。

 ぬくくて、あまりにもここちよいせいで、意識が――


 穏やかな寝息を立てて無防備に眠り始めた少女の頬に触れる。

 こうやって自分の前で無防備な姿を晒すようになった少女のことを愛しいと思う反面、心配にもなる。

 この女は一度懐に入れた者には甘い、容易に甘やかすし甘やかされる。

 それでも嫌味なくらいに律儀な女なので、ここまで許すのはきっと恋人という立場に立てた者だけなのだろう。

 そして『恋人』であれば誰であろうとここまでかそれ以上を許すのだろう、この女はそういう女だった。

 愛しているし、愛されているという確固たる自信はあるものの、それでもやっぱりそういう女なので不安にもなる。

 この女が自分のことを愛しているのはただ自分がこの女の恋人であるからという理由だけだ、自分という個を見てくれているとは正直言って断言できない。

 その証拠のように、この女は一度も自分のことを『殺す』とは言ってくれないのだ、きっと自分のほうから離れようとすればこの女は簡単に自分を手放す。

 それが、ひどく腹立たしい。

 呑気に眠りこける女の頬を軽くつまんだ、小さく呻き声をあげたがそれだけだった。

 いつになったらこの女を自分と同じところまで引き摺り落とせるのだろうか、どうすればこちらから掴んだ手をしっかりと掴み返してくれるだろうか。

 どうすれば、この女は自分に執着してくれるだろうか。

 十分すぎるほど愛してくれているのはわかっている、それでも足りない、まだ足りない。

 どうすればいいのか具体的にはわからなかった、それでもきっとこの女はこちらが裏切りさえしなければ絶対に逃げないので、いつか必ず。

「……ほんと、かわいそうなおんな」

 無防備な女の身体を抱きしめて、目を閉じた。

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うたたね 朝霧 @asagiri

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