運命じゃない
たみ
第一部
1-0
―――ただ光が欲しかった。
神聖国ファストリア。長い歴史の中で常に繰り返された聖女と守護者の婚姻。誰もが羨む唯一無二の運命の相手。
国中で祝いが催される。この日のために特別に栽培される神花が至る処に飾られ王都を彩っている。幾重にも重なる花弁を持つ神花は外側の花弁は白く中心は僅かにピンクがかった美しい花だ。風によって花弁を散らす時に澄んだ芳香を放ち、空気に溶けるように消えて行く幻想的な花。
国の中枢である王宮と中央神殿は人の波と熱狂に包まれていた。
白い婚礼衣装に身を包んだ一組の男女。男は端正な顔立ちで金髪に理知的なアメジストの瞳が美しい。女は白い肌と絹糸のような艶のある黒髪と黒曜石の瞳をもつ優美な美女だ。
今日の主役である男、この国の王太子である守護者は、恭しく異世界から召喚された、己の運命である神子の手を取っている。白い花弁が舞う中を二人が寄り添う姿は光輝に包まれているようで、お伽噺のように人々をうっとりさせた。
微笑み合う二人には、お互いしか映っていない。この世で一番幸せな恋人達。
ミズリは強い光の元で出来る影の中に立ち、微笑んでそんな二人を見守っていた。笑顔以外は似つかわしくないのを知っている。
国中が祝福に沸いている。何の憂いもなく一点の陰りもない輝かしい未来が約束されたのだ。国中の歓喜がこの瞬間にあった。
ミズリが願った通りになった。願いを叶えてくれるなら何を犠牲にしても奪われても構わないと願ったのはこの瞬間のためだ。
だからミズリはこの結果を誰よりも喜んでいる。
祝福の鐘がなった。
いつの間にかミズリは二人の前に立っていた。最高神官の法衣を身に包み聖杖を持っている。運命を結び合わされた二人に最後の祝福を送るのがミズリの仕事である。
二人は跪きお互いの手を握り合っている。神子の白く細い指とルーファスの大きく力強い指を絡めて二度と離れないかのように固く結び合わせている。
俯いていた王太子がふと目線を上げる。王家特有の紫色の美しい瞳を真正面から受け止めるのはいつ振りか。いつも誰よりも間近で見ていた筈の色が違って見える。聖杖を持つ手に力が篭る。その無機質な冷たい感触がミズリを支えている。
ミズリを見上げる瞳には何の感情もない。かつてあった愛情の一欠けらも幼馴染みに対する親しみも、憎しみもない。彼はただこれから自分達を祝福してくれる神官を見ているだけだった。直にその瞳は伏せられた。
聖杖が澄んだ音を立てる。ミズリの胸に去来する途方もない何かを鎮める澄んだ音色。
痛む胸をミズリは持たない。そんな資格は初めからなかった。
神官らしく慈悲深く微笑み祝福を行う。二人のためにミズリが出来る最後の仕事。
人々の熱狂、青い空に神の祝福の花が舞い芳香を放つ。陰る事のない光の中で尊く美しい愛を誓い、口づけを交わす二人。
ようやくミズリは悟った。自分の存在はこのためにあったのだ。何故自分の力が衰えていったのか。
(運命の二人を結び合わすために―――)
ただ、それだけのために。
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