第18話

 よく区画整理のされた、整然とした街並みを歩く。

 舗装された住宅街は俺の住んでいる街とあまり変わりなかったが、少し外れると緑が色濃く、流れる小川も人の手を加えられていない自然なものだった。

 冬だというのに日差しが暖かく、少しだけ鬱屈とした気持ちが和らぐのを感じた。


 ただ、近くに電車が通っていないので、交通便は最悪と言えた。

 時間通りに来ないうえ一時間に一本ペースのバスの時刻表は、通勤通学に疑問を抱かせる内容だった。

 途中、メリーの家を訪ねるために立ち寄った駐在所を通りかかったので、同じ警官がいることを確認すると、あらためて話しを聞くことにした。


「御免ください」

「ああ、さっきのボウズか。場所は分かったかい?」


 心なしか、こっちの警官は距離感が近い気がする。

 よく言えば親身で、悪く言えば馴れ馴れしい。

 いや、話しを聞く立場からすれば当然ありがたいことなのだが。


「おかげさまで辿りつけました」

「そっかそっか。しかし、ボウズみたいなのが、あの家に何の用だったんだ?」

「あの、そのことで実は聞きたいことがありまして」

「聞きたいこと?」

「ええ、あの家に住んでいた女の子のことなんですが」

「女の子っていうと?」

「金髪の小柄な子です。一昨年の夏に亡くなったと伺ったんですが」

「あー、はいはい。覚えてるよ、あそこの亡くなった旦那さんの孫娘だろ?」

「多分、そうです」


 大伯父様とやらは、メリーの父親しか子どもがいなかったらしいから、孫娘というとメリーのことで間違いないだろう。

 そもそも金髪ハーフの女の子など、この街では二人といなそうだ。


「その子がどうしたんだい?」

「いや、俺、昔あの子が近くに住んでたことがあって、何か生前のことでご存知ないかな、と」

「んー、あそこのお屋敷のことは基本的に分からんよ。障らぬ神に祟りなしっていうかね、実質この街の支配者みたいなもんだから」

「し、支配者ですか……」

「いや、支配者って言っても、旦那さんが生きてた頃は良かったんだよ。気難しい人だったけど、街のことはよく考えてくれてて、行政にも掛けあってくれてずいぶん住みやすくしてくれたよ」


 大人物とは聞いていたが、街づくりにまで口を出していたのか。

 まさに雲の上の存在だな。いや、実際に今は雲の上にいるんだけど。


「だけど、今の人達が越してきてからはずいぶんとあの屋敷の印象は変わったよ。街のことはよく知りもしない新参なんだけど、態度だけは大きくてね。でも屋敷の影響力は変わらないから誰も注意すら出来ない」

「そうなんですか」


 先ほど会ったばかりのおばさんの顔が浮かぶ。

 確かに物腰は柔らかいながらも威圧感があったが、そんな態度が大きいというふうには思えなかった。

 おばさん以外の家の人の態度が悪いのだろうか。


「あぁ、悪い悪い、女の子のことだったね。私は詳しいことは分からないけど、確かこの先の小学校に通っていたはずだよ」


 俺が気のない返事をしたことで、本来の質問を思い出したのか、警官がメリーに関することを教えてくれた。


「もう冬休みに入ってるだろうけど、多分用務員のおっさんがいるはずだよ」

「この先って、どの辺りですか?」

「歩きだと三、四十分ぐらいかな。まぁ真っ直ぐ行くだけだから分かると思うよ」

「い、意外と遠いですね」

「大丈夫だよ、若いんだから」


 なんでこの齢の人間は若さですべてを解決しようというのか。

 あんたらが思ってるほど若さってのは万能じゃないぞ。

 まぁ、確かに多少歩く程度の問題は解決出来るかも知れないが。

 俺が若干呆れるような顔をしていると、警官は何か思い出したのか少し大きめの声を出した。


「あー、そういえば思い出した!」


 簡素な作りの駐在所、警官の声が響く。


「な、何がです?」

「確か先週かな? 誰かが出たって言ってたよ」

「だから、何がですか?」

「さっき君が言ってた子の幽霊だよ」

「……幽霊?」

「いや、眉つばものだけど、深夜にその子の幽霊を見たって噂を聞いたもんだからさ。もしかして、君もその子の幽霊にでも会いに来たのかい?」


 ハハハッと、警官が冗談交じりに笑いながら聞いてくる。

 しかし生憎と、その内容から俺は苦笑いでしか返すことが出来なかった。


「まぁ、何にせよ学校に行ってみることだな。少なくとも俺なんかより何か知ってると思うよ」

「分かりました。では少し訪ねてみます」

「おう。風邪ひかないようにな」


 大よその道のりを聞いて交番から出る。と言っても本当に道は真っ直ぐらしく、説明もへったくれもなかった。

 駐在所の外に出ると、日が陰って気温が下がったように感じられ、風が頬を刺した。


 警官に説明を受けた通り、黙々と目の前の道を真っ直ぐに歩いていく。

 どうやら小学校は街のはずれの方にあるようだった。

 確かに市街地に建てるのもどうかと思うが、これだけ離れているのも考え物だ。

 少し着込んできたためマシではあるが、それでも時間が経つにつれ体の末端から徐々に体が冷えていく。

 ふと、同じように寒空の下を歩いてバイト先に来たメリーを思い出した。

 バカだと思いながらも、それを思い出すと、冷たくなっていく体とは裏腹に不思議と足が軽くなった。


 しばらく、というかひたすら歩いていくと、やっと学校の敷地らしきものが見えてきた。

 近付いていくにつれ分かったが、市街地の外れで土地が余っているせいか校庭はトラックが二つあり馬鹿みたいに広い。

 野球とサッカーを同時に行っても何ら差し支えなさそうだ。

 流石にメリーの屋敷も、全体像が分からなかったとはいえ、この学校ほどは大きくなかったように思う。


 正門まで来て気付いたが、どうやら中学校と併設されているらしく、小学校名と中学校名が両方書いてあった。

 取り合えず小学校の校舎を目指し、そちら側の校門へと移動する。

 警官の言う通りつい先日冬休みに入ったようで、これだけ広い敷地にもかかわらず殆ど人の気配を感じなかった。

 寒々とした空の下、荒涼とした校庭が無人を強調するかのようだ。


 校舎の側まで来ると、入口の校門が開け放たれていた。

 不用心だなと思いつつ、そのまま敷地内へと入っていく。

 どこかのニュースでやっていたが、このご時勢、こういった行為は当然不法侵入に当たるので控えた方がいいらしい。

 しかし、門のところにインターホン一つなく、また、校門から用務員室らしきプレハブのような建物が見えたので、そのまま歩を進めることとした。

 予想通りこじんまりとした建物は用務員室らしく、窓から年配の人が机に向かっているのが見えた。

 そのまま扉の方へと回りノックする。


「はい、なんでしょう?」


 暖かい空気と共に扉から用務員さんが顔を出した。

 その表情には戸惑いのようなものが浮かんでいる。

 確かに休みの学校に訪れる人間などそうはいないだろう。

 こんな場所であれば尚更だ。


「はじめまして、突然すみません。実はこの学校に通っていた子の親戚の者なんですが、少し聞きたいことがありまして」


 出来るだけ怪しまれないよう、作り笑いと誠実さを心がけて話す。

 が、そんな小細工は必要なかったようで、用務員さんはあっさりと室内へと招き入れてくれた。

 冷えるだろうと、熱いお茶まで出してくれたのだから、人の良さが窺える。

 好意を受け取り、冷えた身体が少し温まると、今までの経緯を説明した。

 当然、メリーと一緒に過ごしたことは言わなかったが、たらい回しにされ、いまいち情報が集まっていないことに困り果てていることは分かってもらえたようだった。


「しかし、わざわざ遠くから御苦労だったね」

「いえ、僕もちょうど大学が休みに入っていたものなので」


 バイトは姉御が変わってくれたので、こうして来ることが出来た。

 正直、背中を押してもらったことを含め、かなり大きな貸しが出来てしまったなと思う。


「それで、あの子のことって覚えていますか?」

「あぁ、よく覚えているよ。大人しいけど外見は目立つ子だったし、ここにも来たことがあるからね」

「本当ですか? それで、あいつ学校ではどんな感じだったんでしょうか?」

「さっきも言った通り、大人しい子だったよ。こっちに引っ越してきてあんまり馴染めてなかったんだろうねぇ。あの御屋敷の子ってこともあって、先生も生徒も接し方が分からなかったように思うな」

「そう、なんですか……」


 確かにあの容姿で転校生のうえ大屋敷の子どもと三拍子揃ったら、大体の人は引いてしまうように思える。

 俺も同じクラスにそういった存在が転校してきたら、さぞ戸惑うことだろう。


「帰りもいつも一人でね。表には現わさなかったけど、ずいぶん寂しそうに見えたよ。だから、たまに内緒でここに招き入れてね、お茶を出してあげたりしてたんだよ。あんまり笑わない子だったけど、そのときは嬉しそうにしててね。……でも、それがあんなことになるなんてね」


 用務員さんが遠い目をしている。その当時のことを思い出しているのだろう。

 もしかしたら、今俺が座っている椅子にも腰を下ろしていたのかも知れない。


「事故が起こる前は、どんな感じでした? やはりずっと馴染めてなかったんでしょうか?」


 メリーが亡くなったのが一昨年なら、こっちに越してきて四年は経っている。

 あいつはそれまでの間、ずっと一人ぼっちだったんだろうか。

 だとしたら、大学で俺に居場所があるか聞いてきたあいつはどんな気持ちだったのだろう。


「いや、それが分からないんだよ」

「分からない、というのは?」


 用務員なわけだし、教師のように生活態度や環境が分からないのは当然のことだろうが、そういった意味だろうか。

 しかし、俺が思うより状況は悪かった。


「あの子ね、途中で登校拒否になってしまったみたいでね。まともに通っていたのは最初の二年ぐらいなんだよ」

「と、登校拒否?」

「あぁ。儂も詳しい経緯は分からないけどね、見掛けなくなったから担任の先生に聞いてみたらどうやらそういうことだったらしい」


 およそ、俺の知っているメリーからは想像も付かないことだった。

 あのメリーが登校拒否? いったいなんで?


「事故のことを聞いたときは胸が痛んだもんだよ。家族の人もあの子のことを元気づけようとして連れていったんだろうけど、まさか亡くなってしまうとはね」


 用務員さんが表情を陰らせ、心底残念そうに声を絞り出す。

 このような人ばかりであれば、メリーも孤立することはなかったんだろうか。ふとそんなことを思ってしまう。

 外よりは暖かいとはいえ、プレハブのような作りの建物は気密性が低いのか、ひんやりとしている。

 お互いに黙りこむと、ストーブの上に置かれたヤカンから湯気が上がる音が小さく響くばかりで、室内は余計に寒々とした空気が流れた。

 しばらくすると、用務員さんが区切りを付けるように口を開いた。


「だから、申し訳ないんだけど、儂もそこまで話せることはないんだよ。すまんねぇ」

「い、いえ。すみません、ありがとうございます」


 用務員さんは心底申し訳なさそうに謝罪する。こちらが恐縮してしまうぐらいだ。

 しかし、今のところは、むしろ一番具体的な内容だと思えた。

 けれど、情報が増えた分、疑問も増えてしまった。

 メリーの屋敷で聞いた話と、色々と食い違いや違和感も生じてくる。


「せっかく遠いところから来たんだ。この先に寺があるから、花の一つでも添えていけばいいだろう」

「寺ですか?」

「ああ。あの屋敷の墓があるからね。お参りしてあげるといい」

「この先っていうとどれぐらいですか?」

「まぁ、歩きなら三、四十分ってところだろうね」

「……へー」

「真っ直ぐだから多分迷わないとは思うよ」

「……」


 ――結局俺は寺に向かうことにした。

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