オートマタはカスケードの夢を見るか?

山吹

一章一節 「行方不明」

1-1-1「再起動」

――起動しました。


 無機質な声が、眠っていたそれを叩き起こした。勿論叩き起こされた方は最悪の目覚めであり、突然の情報のシャワーに適応できず、頭を抱えてうずくまる。



――記憶の同期に失敗しました。メモリの破損を確認。


「ぐ、う」


――初期化を確認。外部情報処理を優先します。命令が未達成です。ナビゲーションを起動します。要請が受付待ちです。


 処理回路がやや熱を帯び、情報の取捨選択を始める。それと同時に意識の主も耐え難い情報の波から抜け出すことができたようだ。


 そんな抗争が約三十秒ほど続いた末、ようやくソレは頭痛から解放された。


 ゆっくりと瞼を開けると、黄緑色の瞳が姿を現す。その双眸の先には端から端まで、朱色の天井が広がっていた。


「夕暮れ?」


 はて、自分は先ほどまで夕暮れを視認していたのだろうか。

 思い返そうにも記憶一つも出てくる様子はない。先ほどが何時であったか。ここで何をしているのか。家はどの辺りにあるのか。果ては自分が何者であるのかすらも思い出せない。



 本能が歩き出すように命令している。

 他に当てのないソレはゆっくりと上半身を起こして立ち上がり、危うい足取りで歩き出した。


 かなり昔に放置されたのであろう、使用用途が分からない場所からシダの合間を抜け、植林された枯れ木を頼りに、遂に人工物のある集落へたどり着いた。



 視界は開けたが、そこは無人の集落のようだった。

 コンクリート製の硬そうな建築物のほとんどは既に倒壊しており、近寄るだけでも危険であることが分かる。


 斜陽に照らされた鉄筋は朱色に染まっていた。


 床の舗装の隙間から緑が侵入し、人工物へ侵攻をしている。

 多少の歩き辛さを感じながらも足が快く進む方向へ。



 一つ、二つ、三つと石造りの摩天楼を超えていくと、突然木造の摩天楼が現れた。最も高いその摩天楼は今にも倒壊しそうだが、バランスを上手に保っているのであろうか。今すぐ危険となるものでは無さそうだった。


 付いたり消えたりを繰り返していた街路灯も、集落の外れまで来ると何も言わなくなってしまった。


 いつの間にか陽は完全に山に飲み込まれ、後を追うように深青色や紫色や黒色が頭上を覆いつくそうとしている。時間が止まっている集落で、唯一動き続けるそれが時の概念を説明していた。



 木造の摩天楼の入り口の前に立ち、これが不法侵入であることを理解しながら暗闇の中へと足を踏み入れた。



 中はやはり真っ暗で、網膜が順応するまで、木材と木材の間から漏れ出す光源が頼りだった。恐怖感や不安はほとんど現れなかったが、一歩歩くごとに音を立てる床に警戒心を高める。



 どれほど探索を続けただあろうか。長い階段や散らかった部屋を通りながら、最上階を目指す。ちょうど階段を五回いや六回登り切ったとき、そのフロアは異質な雰囲気があった。

 それと同時に、内側からそちらに行けという命令が下される。


 道中倉庫のような場所で見つけたカンテラには少量だがまだ油が残されていた。

 携帯用の古びたライターと共にそれを拝借して手持無沙汰に弄んでいると、遂に最奥までたどり着いた。


「行き止まり……」


 曲がり角を二つ曲がった先に、違和感のある扉があった。バールのようなもので栓をされた黒い扉。

 黒い扉の内側に引き摺られるようにして、線状の黒い跡が残っている。


 未点火のカンテラを形のいい作業机に置き、扉の方向へ歩いて周囲を注視する。

 積み上げられた木箱が崩れて物が散乱している。

 そして、


「あし?」


 一本の足だ。埃は被っていない。


 手に取って模造品のように見えるそれに既視感を抱く。


 ちょうど、自分の足とよく似ていて――


「うわ」


 恐ろしい考えに至り、瞬間的に模造品から手を放す。

 模造品は無機質な音を立てて模造品は転がり、静止した。


 長居は危険と理解しているが、ここまで来たのでこの先に何があったのかを知ってから帰りたいという気持ちが恐怖に勝った。


 バールのようなものに手をかけて引き抜くと扉は支えを失い、一人でに倒れる。その衝撃で舞った粉塵に目を細めながらも部屋の中へ足を踏み入れた。

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