「真実をこじ開けるもの」

 夜が明けたゴーダム公爵こうしゃく騎士きし団は、激震げきしんれた。


 早朝、恒例こうれい長距離走ちょうきょりそう訓練において騎士団駐屯ちゅうとん郊外こうがいかった騎士見習いたちが、駐屯地の外へとかる橋の上に横たわった、血まみれで息絶えているバイトン・クラシェル正騎士を発見したのだ。


 めずらしく長距離走訓練に同行し、騎士見習いたちの一団を先導していた馬上のゴーダム公が大勢の騎士見習いたちの前でバイトンの遺体を見つけ、馬から飛び降りてバイトンの死亡を確認かくにんした――その時の騎士見習いたちへの衝撃しょうげきすさまじさをどう表現したものか。


 この話は朝食時までには駐屯地にいたすべての人間の知るところとなり、午前における騎士団の訓練は全て中止され、騎士団の内部監査かんさ班による捜査そうさ、取り調べがなされた。


「――あのバイトンが、暗殺されたってよ…………」


 だれもがその人格とけんの技量、そして事務能力の高さを認めていた正騎士、次期騎士団長の候補として名前が必ず挙がる人物が、外れとはいえ騎士団駐屯地で殺害された一件に、全員の顔が緊張きんちょう強張こわばった。


「真夜中に殺されたって? なんでそんな時分に……」

「長期休暇きゅうかを命じられて、それで故郷に帰ろうとしていたらしい。真夜中の出立っていうのは、ぎに時間がかかったからだろうっていうのが主計課の連中の話だ」

「しかし、あのバイトンをれるやつがいたのか……? おれなんかとうとう、あいつから一本も取ることができなかったっていうのに…………」

「胸に銃弾じゅうだんを受けてた。服にも遺体にも穴が空いてたのを見たよ。さすがにバイトンでも、胸に銃弾を食らっちゃ斬られるしかないっていうのか……」

「こんな騎士団駐屯地の近くにもぞくがいるっていうのか。警備を厳重にしないとな……」

「ゴーダム公爵閣下も、大変お気を落としのようだった……バイトン正騎士の葬儀そうぎは?」

「もう身内がいないっていうんで、もう火葬かそうにしたんだってよ」

「遺灰が納められるのか。『騎士のひつぎ』に行かにゃあならんな……」


 騎士見習いの正装に身を包み、かたに服しているのを表す喪章もしょうを着けたニコルは、そんな声の中を泳ぐように駐屯地を歩き、白い狼煙のろしを上げる『騎士の棺』に弔花ちょうかけんじた。


 空っぽな気持ちのままで、『騎士の棺』の前に置かれている長椅子ベンチにニコルはすわる。視線を少し横に転じると、任務中に死んだ騎士の名を刻む『黒い』に、一人ひとりの職人が慎重しんちょうに名前をんでいるらしき姿が見えた。


 ここからくわしくは見えないが、彫られているのはバイトン・クラシェルの名にちがいない。

 しかも、マルダム・ウィン・サデューム騎士の次、真下まくだりに、だ。


「なんてことなんだ…………」


 すでに『騎士の棺』にバイトンの遺灰は納められ、大勢の騎士たちが献花けんかに並んでいる。


 時折、そんな光景を上目遣うわめづかいで見るニコルは、夜が明けてから一言も発さず、長椅子の前でうな垂れ続けていた。


 白い花束をかかえておとずれてきたアリーシャも、ニコルのそんな姿に居たたまれなさしか覚えず、声をかけることも躊躇ためらって無言でその場をあとにする。


 騎士たちのざわめきと共に、エメス夫人とサフィーナ令嬢れいじょうともなったゴーダム公爵が花束を抱えてやってきたのにニコルはさすがに顔を上げたが、特段の反応は示さなかった。


 ゴーダム公もニコルの方をちらりと見ただけで声をかけることもなく、ニコルの方にろうとしたエメス夫人はサフィーナにうでをつかまれて止められ、そのまま引きずられていった。


「――バイトン正騎士…………」


 バイトン・クラシェルの名はゴーダム公爵騎士団を裏切った者ではなく、ゴーダム公爵騎士団のためにその尊い命をささげた者として、記録され、記憶きおくされる。

 その真相を知っている者は、自分とゴーダム公くらいのものだ。


 ゴーダム公が自身の近しい者に語っていたとしても、それはニコルのあずからぬところである。ニコルがすべきことは、この真相を墓まで持っていくこと、それだけなのだから。


「――よう」


 意識が半ば拡散し、このままねむりにいてしまう一歩手前になったころ、ひとつの呼びかけがニコルの心を揺りうごかした。


となり、座るぜ」


 ニコルの返事もらないとばかりに、その声の主はニコルが真ん中にこしえた隣にどっかりと腰を下ろす、

 ――ダクローだった。


「…………」

挨拶あいさつもなしか。ま、きらわれてるから仕方ないがよ。っかし、災難だったなバイトンは」

「…………」

「おいおい、仮にも同じ小隊だろ? 同じ上官とあおぐ人間が死んだんだ。相づちくらい打ってくれたってバチは当たんねぇだろうさ」

「…………」

「嫌いと決めた相手にはとことん愛想あいそねぇな。お前は」

「……何か用ですか?」

「世間話さ」

「今は、そんな気分じゃないんです。どこかに行ってくれませんか……行かないというのなら、ぼくが失礼します」

「いいのか? お前も興味がある世間話だぞ。あるうわさが立ってんだ。聞きたくねぇか」

「噂に興味なんてありません」

「あのバイトンが裏切り者だったかも知れないっていう噂でもか?」


 うつろな形になっていたニコルの目に、光が走った。


「興味あるっていう目だな」

「……誰です、そんなデタラメをいて回っているのは。もしかして……」

「俺じゃねぇよ。俺と世間話しようなんていう人間はこの騎士団にはいねえ。噂をつぶやいて回るほどに俺はつながり持ってないからな――けど、聞こえてくるんだよ、あちこちで」

「…………それで」

「お、乗ってきたな。まあ当然か。この話にはお前もかかわってるしな」


 ニコルの心臓が一拍いっぱく、ねじれるような鼓動こどうを打った。


「話は簡単さ。この一週間のことをつなぎあわせればな」


 ニコルの目が自分に向いていることを喜ぶかのように、ダクローのくちびるはしは笑っていた。


「まず、前提として『まぼろし盗賊とうぞく団』が捕捉ほそくできないのは、騎士団の誰かが作戦の情報を流しているからだという説があった。そうでなければ、このあみの目のような哨戒しょうかい活動をすりけられないってな……そこにお前だ」

「僕が……なんですか」

「お前が俺をなぐばしただろ、この場所で」


 ニコルが口を開いたが、舌は空回りした。


「それを公爵閣下が見咎みとがめ、お前に追放を宣告したはずだ。まあ、斬りい一歩手前にいってたからっていう見方もできるが、殴った殴られたくらいでいちいち追放していたら、この騎士団から人間がいなくなっちまう。誰もが厳しい処置だと考えていたさ」

「…………」

「そんな宣告を受けたお前がシレッともどってきた。アーデスの港町に一週間出張に行くと言っていたはずのゴーダム公と一緒いっしょに。しかも、行っていた先はレマレダールの街っていうじゃねぇか。そのレマレダールで、今までかげさえむことができなかった『幻の盗賊団』が捕捉されて、壊滅かいめつには至らなかったが捕虜ほりょまで取られたっていう……そんなお前と公爵閣下が帰ってきた晩に、バイトンが殺されたんだぞ?」


 ダクローの言葉を耳で受けるたびに、ニコルの血管を流れる血の勢いが増していく。無表情を作り平静をよそおおうとするニコルも、額ににじあせを止めることはできなかった。


「これだけおかしい話をつなぎ合わせれば、ひとつの筋書きが導き出されるのは無理ないだろ。――作戦内容をらしていたのはバイトンで、ゴーダム公爵閣下の手によって誅殺ちゅうさつされた……なんか無理がある話か?」

「…………その裏切り者のバイトン正騎士を『騎士の棺』にほうむられたのは、ゴーダム公爵閣下ご自身です。裏切り者をこんなに厚くぐうするはずがありません」

「バイトンが裏切り者だったと知れると、騎士団の統制が乱れる。だから表向きは賊による暗殺に見せるように工作して、誅殺する――バイトンの遺体を最初に見つけたっていうのは、ゴーダム公爵閣下自身だって聞いたぜ。それも偶然ぐうぜんにしちゃできすぎだろ? 今朝けさをのぞいて騎士見習いの長距離走訓練にゴーダム公が最後に付き合ったのって、いつだ? お前は閣下と一緒に走ったか?」

「……全部憶測おくそくじゃないですか。そんな想像を僕に聞かせてどうしようっていうんです」

「その真偽しんぎを確かめる。だまされたままってのは気分がよくないからな――目を見せろよ」


 その口調は激しくはないが、いつわりをゆるさないという意志があった。


「閣下もお前も傷を負ってる気配はない……あの剣技けんぎのバイトンが斬られるとしたら、一対一とは考えにくいな……必ず多数で仕留めたはずだ。……ニコル、お前、昨日きのうの深夜にあの現場にいたな?」

「…………!」


 声も漏らさず表情も動かさなかったニコルも、瞳の奥の反応だけはどうしようもなかった。


「へっ。うそけない目だな、お前のは」


 ニコルはダクローから目をらしたくなった。が、それが自白と同義だということもわかっていた。


「ここまで俺にしゃべらせたんだ。返事をしろ。でないと、お前も関与かんよしているらしいことを言いふらすぞ。人間が集まっている場で大声で喋り散らすことくらいは俺にもできるからな……どうだ」

「…………ぐ…………」


 おどしではないぞ、というダクローの眼差まなざしを受けながら、ニコルはのどおくうめいた。

 ここからげることは、全ての破滅はめつを意味する。自分の名誉めいよは言うまでもなく、バイトンの名誉も、ゴーダム公爵の名誉も吹き飛ばすだろう。


 ここで打てる窮余きゅうよの一手は、なにか。

 ニコルはそれを頭で考えるのではなく、自分の心に問いかけることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る