「橋の上の決着」

 命のすべてをしぼりきり、その命を速度に転化させて相手に向かって疾走はしったふたりが橋の上で激突げきとつするかのようにすれちがった瞬間しゅんかん、見えない火花が飛び散ったかのような闘気とうきが発散された。


「く…………!」


 ふたりの勝負の見届け人とばかしていたゴーダム公が、見えないはずのそれにまぶしさを覚えて目を細める。たましいと魂が衝突しょうとつし、すさまじい摩擦まさつを起こしてはじけ合い、それが暗闇くらやみを弾きばすかのような光に変わったかのような錯覚さっかくさえ覚えた。


 たった数歩のみにおのれの全てをけ、けたニコルとバイトンがうでり抜き、振り抜ききって、静止する。稲妻いなずまが光って消えるその刹那せつなの瞬間に、二人ふたりの命はやしくされ、戦気せんきの全てがい尽くされていた。


「どうだ、ニコル」


 背後のニコルに向かって、後ろを振りかない――振り向けないバイトンが、右腕みぎうでを水平、ななうしろに振り抜ききった格好で語りかける。


わたし太刀たち筋が、見えたか」

「み、見えたかって……」


 同じく、ニコルも振り向けない。バイトンと同じように右腕を振り抜き切ったまま硬直こうちょくし、自分たちが起こした閃光せんこうと閃光のぶつかり合いのような衝撃しょうげきに、ふるえていた。


「見えるわけ、ないじゃないですか……ぐっ!」


 うめいたニコルの右膝みぎひざが折れ、そのまま体がくずれるようにらぐ。


「どうやって、見ろっていうんですか……!」

「ふ……そうだな……無理な話だな……しかし、ニコル、いい踏み込みだった……」


 バイトンは微笑ほほえんだ。試験で満足な点を取った教え子を見るような教師の表情を見せて、微笑わらった。


「あと、足の指の長さ分……それだけ深く踏み込めば、満点だ……」


 微笑したバイトンのくちびるはしから、赤いものがいて、あふれる。


「今の感覚を、忘れず、かせ…………ぐぅっ……!」


 青年の形のいい唇が血の固まりをき、そのままバイトンの体が前に揺らぎ、橋桁はしげたの上にかたむいていく。そして、空の右手・・・・で地面に手をくこともできず、バイトンは体の前面から橋の上にたおれた。


 言うまでもないだろう。

 バイトンのけんは、こしさやの中に納まったままだった。


「――バイトン…………」


 悲しい音の吐息といきを唇かららしきり、決闘けっとうの立会人となっていたゴーダム公が歩を進める。体力と気力の全てが抜けきり、自分の体を起こすことさえも満足にできない状態で立ち上がろうとしているニコルのかたわらに落ちているズダぶくろをゴーダム公は拾い上げた。


 いっぱいにふくらんでいるはずのズダ袋を持ち上げた感触かんしょくに、ゴーダム公は複雑な表情を浮かべる。自分の予想が当たっていたことを、心から残念がる形を唇で作って、その目を悲しい形に作った。


「――落とした時に軽い音がしたと思ったが、やはりな……」

「か……閣、下……」


 前のめりに倒れているバイトンは、動かない。動けない。ただ、側でひざを着いたゴーダム公の存在を感じることが精一杯せいいっぱいのようだった。


「――バイトン、すまなかった」

「…………は、…………?」


 橋桁の上に血だまりを作って蒼白そうはくになっていくバイトンが、剣をつえのようにして体を起こし立ち上がったニコルが、そのゴーダム公の言葉におどろいて目を見開く。


「私が至らぬばかりに、お前にこんなことをさせてしまった……お前は私に、ニコルに自分をらせるために、こんな小芝居こしばいを…………」


 ゴーダム公はバイトンが背に背負っていたズダ袋を開け、中をのぞき込む。そして、自分のかんが当たっていたことに、心底の残念さをませてその目を細めた。


「――騎士きし団からはなれるために旅装束たびしょうぞくをしていた人間が、袋に古着なんぞめ込んでどうする……お前というやつは……」


 ズダ袋を重そうに膨らませて見せていた、丸めた古着類の上に一通の封筒ふうとうが入っているのを見て、ゴーダム公がそれを取り出す。


「か……か、閣下……」

「わかっている、バイトン。これを開かずとも、おおよそのことはわかっている。――心配するな」


 腹のはばの半分以上を斬りかれ、肺を損傷していないからまだ自分の血におぼれていない蒼白のバイトンをゴーダム公はこす。


「お前の母上は、私が保護した。――だから、何も心配することはないぞ」

「……はは、うえ…………?」


 ニコルが見開き、虫の息のバイトンが口から血を噴きしながら、そのひとみ安堵あんどの色をかがやかせた。

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