「ゴーダム公の憂鬱な午後」
その日の午後のゴーダム
「失礼します」
「またか」
執務机に
「ニコル・アーダディス騎士見習いの
「そのテーブルの上に積んでおいてくれ」
「…………これは?」
「お前が持ってきたものと同じものだ」
執務室の真ん中に置かれているソファーつきのテーブルの上には、紙の束がどっさりと積み上げられていた。
「
「結構な量がありますね。
「ニコルが
「ご
「冗談に聞こえるか?」
オリヴィスはゴーダム公の顔を見て、開きかけた口を閉じた。
「ニコルは街の住民にも人気があるようだな。来てから三週間ほどだというのに……」
「大人しい性格の割りに、話題に事欠かない少年ですから」
「本当に大人しいのであれば、
ふうぅ、と息を
「お
「飲まずにいられるか」
「それなら閣下も
「
「それなら、ニコルのことも見逃されてはいかかです?」
「……
「これくらいのこと、昔の閣下もなさっていたではありませんか」
「見逃してくれ」
「当時はたくさん見逃して差し上げました。それはともかく、私も二百人ほどの嘆願書を集めてまいりましたので、お読みください」
「読んでる時間はない。もうすぐ出立する」
「どちらへ?」
「アーデスの街の視察だ。一週間は
「それでは、閣下が不在の間にニコルの幽閉を解いておきます。よろしいですね?」
「いいわけがないだろう」
うんざりとした表情を
「ニコルは追放と自ら宣言されたのでしょう。なら、さっさと
「撤回はない!」
「……撤回はない。周りにもそう伝えておけ。いいな、オリヴィス。私が不在の間に勝手なことをするのではないぞ」
「お約束はいたしかねます」
「もういい! 下がれ!」
オリヴィスは
「…………まったく」
一度引き出しに閉まったグラスを取り出したい欲求に
そこまでの
「お
「次はお前か」
ふうう、とゴーダム公が地の底まで届きそうなため息を
「ニコルを
「私がそんなことを冗談で言わないと思っているから、お前はここに来たのだろう?」
「すぐにニコルを出してください! 地上の入口から
「私の許可なくニコルを連れ出そうとしたのか」
ゴーダム公は自分の娘の無茶の前に、
「エメスはどうした。ここに飛び込んでくるならお前と
「お
「
今度こそゴーダム公は頭を抱えた。
「お医者様の話によると
「それならいいのだが…………」
「それでお父様、ニコルを早く幽閉から解き放ち、追放の件も撤回すると宣言してください! こんな話は
「テーブルの上を見ろ。それが街中に広まっている噂の結果だ」
「これが?」
テーブルの上にうずたかく積み上げられた紙の山を前にしてサフィーナが
「昼間からひっきりなしだ。茶を持ってこさせる
「お父様はあんなにニコルを気に入られ、
「……下がれ。お前に今回のことについて口出しをする権限はひとかけらもない」
本当なら娘を
「ニコルは
「汲むわけにはいかん!!」
父親に対して一歩も引かない娘を前に、さすがにゴーダム公も声を
「これ以上私の
「そうですよ、サフィーナ。お前は部屋に戻りなさい」
父と娘が、開け放たれたままの扉の方から聞こえてきた声に、同時に視線を向けた。
多少
ゴーダム公は百万
「私はお父様と話がありますから」
サフィーナもまた、母に対して
そこに立っているのは
「お、お母様、お体は大丈夫ですか。倒れられた時、
「大丈夫」
弱々しくではあるが、エメス夫人は確かに
「あれからさらに事情を聞いて、少しは落ち着きました。ここは私に任せて。さ、早く」
「はい…………」
サフィーナが両親に一礼し、その場を出て行く。今まで開けられていた扉がようやく閉まり、執務室は
「座らせていただきますね」
「……ああ」
ゴーダム公の返事よりも先にエメス夫人はソファーに座った。目の前に積まれている紙の束から一枚を取り、目を通す。その一枚を夫人が読み終えるのを待ってから、ゴーダム公は自分の重い
「エメス、お前は私を責めないのか」
「責める必要はないと思いましたので」
ゴーダム公が目を
「さすがにニコルがあの牢に入れられたと聞いた時は、びっくりしましたが……」
「
「それは、あなたも同じことでしょう。そんなあなたが、ニコルを必要以上に責め立てようとしている……それを冷静に考えると、なんとなくわかってきたのです」
「わかったとは、何をだ」
「ここで言うと
「…………私はもうすぐゴッデムガルドを
「サフィーナは私が
「うむ…………」
ゴーダム公は窓の外を見やった。西の空が
「あなた」
妻の呼びかけに、執務室から出ようとするゴーダム公は
「この家の当主は、
「エメ…………」
「その呼び名は、なさらないように」
「うむ…………」
ややあって、外で馬のいななきと共に
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