「初陣・――咆哮」

 まさしく空気をつらぬき食い破る音を発して飛ぶ数十本の矢が、部隊を前後からたたけずろうとおそいかかった。


「うわっ!」


 当然、待ち構えている盗賊とうぞくが矢を放ってくる可能性は考えていた――考えていないはずなどなかった。それが有効な手段なのだから。自分たちがぞくだとすれば、その選択肢せんたくしを採らないということがどれだけおろかなことかも理解していた。


 頭の中では。


 だから騎士きしの全員が、自分の胴体どうたいの半分以上をかくせる広いたてを片手に装着していた。至近から放たれる矢を受けてもはじかえせるほどの装甲そうこう厚を持った盾だ。そもそも甲冑かっちゅうかぶとも矢の攻撃こうげきを想定している。


 基本的に接近戦を主体とする騎士は、接近するまでに受ける攻撃をしのがなければ勝利できない。その重い装甲を支える足となるのが馬である――だから騎士はかたい。あらゆる兵種の中で最も硬いと言っても過言ではない。


 だから、中隊長のチャダも下士官という立場の准騎士じゅんきしも、思っていた。

 数本の矢・・・・など物の数ではない。相手はたった五、六人の少数の賊なのだから――。


「矢だ! せろ!」


 とても一けたの人間が射ているとは考えられない矢衾やぶすまあらしに、騎士団たちは全員が側頭部をり飛ばされた衝撃しょうげきを覚えてその場にしゃがみんだ。前に構えた盾が、数羽の啄木鳥きつつきによって一斉いっせいに叩かれているようにけたたましい音と震動しんどうを伝えてくる。


「この数の矢は何だ!?」

「落ち着け! 混乱するな!!」


 制止の言葉も効果がなく、怒号どごうと悲鳴と絶叫ぜっきょうがこだました。


 うすく光る洞窟どうくつの中に引いてきていた馬たちにも矢は容赦ようしゃなく命中し、前方に位置していた馬上の騎士見習いがふたり、大きく前脚まえあしげていなないた愛馬が胴体に数本の矢を受けてたおれるのにき込まれて落馬する。


「全員下馬! 盾を前から外すな!!」

後方・・から攻撃を受けています!!」


 最初の斉射せいしゃち倒された馬たちがどう、と音を立てて倒れ横たわる中、隊列の後方からも悲鳴そのものの声が上がる。


「後ろから!?」


 チャダの疑問は、振り返った瞬間しゅんかんに自分の兜をかすめていった矢の気配によって打ち消された。


「後ろは幌馬車ほろばしゃが盾になってくれています!」

おれより後方列は後ろを向いて防御ぼうぎょしろ!」


 チャダの命令を待つことなく、後方からの矢の攻撃にさらされている騎士見習いたちはそうしていた。金属が矢を弾く音が耳を貫くようにしてひびき、その音の密度が頭をおかしくさせる。それに重なって少年たちの悲鳴、矢を受けた馬のさけごえが洞窟内を満たした。


「倒れた馬を積み上げてかべにするんだ! しのげ!」

畜生ちくしょう!! 俺の愛馬が!!」

「シフィー、すまん!!」


 小川のさかのぼって進むつもりが、実は急流を遡ろうとしていた――とても前に進むことのできない勢いと本数の矢の攻撃の中、しゃがんで盾をかざす以外の行動が取れない。


 盾の上部を小さくくりき、透明とうめいの板をめたのぞき穴からチャダは前方を視認しにんする。自分たちが進もうとしていた先、そこに白い敷布しきふかぶり、光る岩に擬態ぎたいして隠れていた盗賊らしきかげが三十人ほど並んでいるのが見えた。


「後方にも三十人の賊が壁を作っています!」

「あの旅人、賊は五、六人などといい加減なことを抜かしやがって! 五、六十人はいるじゃねえか!」

「まだわからないのか!」


 准騎士のわめきにチャダは怒鳴どなりつけた。


「あの旅人も盗賊の仲間だったんだ!」

「でも、どうして自分たちの拠点きょてんを、わざわざわたしたちに!」

「俺たちがジネドの村に着いたら、俺たちにこの拠点の全容が知れる! 六十人も盗賊が集まっている鉱山内の拠点を村人が気がつかないわけがないからな! もしもこの鉱山内に六十人も賊がいると聞かされたら、お前、どうする!」

「それは、鉱山の入口を包囲して賊をじ込めている間に、援軍えんぐんを呼ぶ……」

「それをさせないためだろうが!」


 こんな稚拙ちせつわなに嵌まった自分の愚かさをいながら、チャダは数人に金属の棒でなぐりつけられているように音を鳴らす盾をうでで支え続けた。


「賊の規模が五、六人だと知れば俺たちはこの戦力でも余裕よゆうだと向かってくる! あの旅人をよそおったやつめ、俺たちからはなれた途端とたんにあの驢馬ロバを飛ばして回り道でここにもどり、俺たちの襲撃しゅうげきがあることを知らせたんだろう――みちふさぐための戦力をあらかじめ外に出して隠していやがった!」

「じゃあ、どうするんです!?」

「どうする――――」


 准騎士の声にチャダは目を泳がせた。今、ここですべきは原因の追及ついきゅうではなく、対策だ。

 倍の戦力の賊ぐらい、騎士団の実力ならば余裕で倒せる――ひらけた平原であれば。

 が、今は逃げ場がない坑道こうどうの一本道の真ん中で、両方から矢の猛襲もうしゅうを受けている。


 馬は目の前で見えているだけでも六頭が倒され、背中にしている後方でも似たような状態になっていることだろう。馬に乗って出口に殺到さっとうして血路を切り開こうとしても、いったいどれだけの人数が脱出だっしゅつに成功できるものか。


「こんな状態で取り残された奴は、間違まちがいなくなぶごろしにうな……!」


 チャダは腹をえた。自分の馬は背中でかがみ込んでいてまだ矢を受けていない。若い者をこれに乗せて脱出を試みさせ、自分はこの場でごまになろうと。


「――准騎士五人はとどまり、この場を死守。残りは出口に向かって脱出させる」

「アリーシャは」


 後方にいるはずの女騎士のことを指摘してきされ、チャダは動揺どうようもせずに答えた。


「あいつに脱出した一団の面倒めんどうを見させなければならん。それに、女を道連れにしたらはじ上塗うわぬりだ。今でも十分名折れだが、駐屯ちゅうとん地の仲間たちにどんな口調で俺の名を呼ばれるかわかったもんじゃない。――付き合ってくれるか」

「わかりました」


 恐怖きょうふふるえながら准騎士たちは首を縦に振った。


「ここで盗賊たちに嬲り殺しにされるよりも、部下たちを見殺しにして生き恥をさらす方がはるかにおそろしいです」

「騎士は名誉めいよに生きるもんだ。最後まで戦ってにするぞ」


 恐怖のために歯の根が合わなくなるほどに震えようとする口元を剣を持つこぶしで叩き、無理に止めたチャダが自分の両隣りょうどなりにいる同僚どうりょうに笑いかけた。


「すまんな。苦情はあの世で聞く」

「自分も特に反対はしませんでしたから、連帯責任って奴です。ではチャダ正騎士、最後のご命令を」

華々はなばなしくいくか」


 盾のかげの中で、一瞬いっしゅんだけチャダは目を閉じてこの世の親しい者すべてに別れを告げ、右手のけんを振り上げた。


「全隊、聞け! 今から最後の命令を発する!! 我々准騎士五人が――――」


 ここに残り、殿しんがりとなってこの場を固守し、死守する――その悲壮ひそうな命令はそれ以上、チャダの口からこぼれることはなかった。

 たとえそれを口にできていたとしても、全員にその声が伝わることはなかっただろう。


 何故なぜなら、チャダが命を振りしぼるような台詞セリフを口にしようとして瞬間、後方から戦狼せんろう――いや、魔狼まろうとも表現するべき、一人ひとりの若者のすさまじい叫びが、洞窟の空間全てを巨大きょだいな張り手で張り飛ばすようにとどろいたからだ。


「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 その叫びは、その場にいた命ある者、全てのたましいを蹴り飛ばすほどの衝撃があった。

 魂消たまげる――字面じづらそのままの激烈げきれつな衝撃を精神に受けた全員の思考が心からがれ飛び、木偶でく人形の群れとす。


 その中でたったひとり、例外がいた。

 金色のかみの少年が絶叫ぜっきょうしながら立ち上がり、洞窟の天井てんじょうを貫いた天に向かってえた。


 それは金色の魔狼か、はたまた戦獅子いくさししか。

 この場にいる百人近くの人間全ての度肝どぎもえぐって、けものの表情で少年は咆哮ほうこうしていた。

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