「初陣・――毒」

 ザアーの町を襲撃しゅうげきしていたやからたちの制圧は容易に終わった。


 先行した騎士きしたちを追って従兵の一団となった第二軍がザアーの市街地に突入とつにゅうした時、町の外縁がいえん部の邸宅ていたくに火をつけ、住民たちの悲鳴とさけごえの中で略奪りゃくだつを行っていた盗賊とうぞくたちはほとんどたおされていたのだ。


呆気あっけないな!?」


 長柄ながえのサーベルをき、くずされたさくの間から馬で突入したアリーシャは、先行した騎士たちが最後に立っていた盗賊をり倒した場面を目撃もくげきして拍子抜ひょうしぬけしてしまった。


 町の防衛に当たっていた現地の兵士たちの対応が素早すばやかったのか、町の郊外こうがいの邸宅の二けんが馬小屋を焼かれ、大量のわらが燃え上がることで遠方のニコルたちが目撃できるほどの黒煙こくえんを上げているのが確認かくにんできる。


「飛び火しないうちに消火しろ!」


 重傷を負って転がされている盗賊たちが現地兵によってなわを受け、高まっていた戦闘せんとう高揚感こうようかんがあっさりと引いていく気配に、第二軍の最後尾さいこうびとなって現場に突入したニコルもまた、戸惑とまどう気分の中でレプラスィスの手綱たづなあやつる。


 このこしのサーベルを抜く時が来たのかという覚悟かくごきりのように晴れてなくなってしまい、背中に深い切り傷を受け、自分の血でれながらせている数十人の盗賊たちの間を進み、物がげるにおいと立ちこめる血のかおりに思わずうめいた。


 物が焦げる臭いはともかく、むせかえる血の臭いは初めてぐものだった。


「これが……ぼくたちが追っていたまぼろしの盗賊団……?」


 自分たちがおそった邸宅の中にみ、進退きわまった状態で無謀むぼう突撃とつげきを行って逃げようとした盗賊が騎士に一刀の元にてられ、地に倒れる。戦闘というよりも後片付けの気配が伝わってきて、自分の熱くなっていた心も急速に冷えていくのをニコルは感じた。


「『幻の盗賊団』の規模は大きくなかったはずだよ。そんなに大きくがないゆえに見つからなかった。数十人と聞いているけれど、倒れている連中は二十人くらいかな……」


 ニコルが戦場の空気に飲まれて暴発するのを防ぐ役目を仰せつかっているマルダムもまた、意外な展開の意外な結末に戸惑っている。


 先行した騎士たちが現地兵に指示を出し、まだ息がある盗賊たちを集めて縄でしばるように怒鳴どなっている。先に突撃していった五人が五人とも無傷のようで、軽い怪我けがをした様子さえなかった。


「従兵たちは下馬して騎士たちを手伝てつだえ! 見逃みのがしている盗賊がいないか警戒けいかいしろ! かくれる場所はどこにでもあるぞ!」

「略奪と同時に誘拐ゆうかいもやらかそうとしたようだな。人質ひとじちは無事にもどしたようだが」

「逃がした者もいないようだ。大勝利じゃねぇか?」

「――規模が小さすぎる」


 チャダ正騎士の言葉に、集まっていた騎士たちの表情がかぶとの下でこおいた。


おれたちが追っていた盗賊団は少なくとも七十人以上の規模のはずだ。全員が騎乗きじょうした盗賊団の総力で限られた範囲はんいを襲い、三十分ととどまらずに風のように去って行く……が、こいつらは馬車は用意しているが、全員分の馬が足らない。十頭くらいしかいないようだ」

覆面ふくめんの頭目もいないな。全部の現場で目撃情報があったはずだが」

「こいつらはハズレか?」

「息があるやつ尋問じんもんしろ!」


 チャダ正騎士がじゅん騎士に向かってげきを飛ばした。


「まだ十分しゃべれる奴がいる。そいつから情報を取れ!」

「アリーシャ先輩せんぱい、僕はどうすれば」


 先輩たちが現場を入り乱れるように動く中で、自分がやるべきことを見つけられずにくしかけたニコルが、側を通りかかったアリーシャに声をかけた。


幌馬車ほろばしゃから縄を取ってきてくれ。盗賊たちをふん縛るのに使う」

「はい、わかりました」

「マルダムは町の外を警戒しろ! 仲間たちが周辺にいるかも知れない!」

「はい!」


 人の足と声が入り乱れる中、ニコルは幌馬車に向かって走る。そんなニコルの目に、物置らしい建物のかげに隠れるようにしてうつ伏せに倒れている男の上半身を見つけていた。逃げようとしたところを後ろから斬られたのか、服の背中が真っ赤に染まっている。


「た……助けて……」


 顔の半面を土によごすようにして伏せているその男の声にぞくりとしたものを覚えて、ニコルは両腕りょううで鳥肌とりはだが立つ感触かんしょくふるえた。初めて間近に見る『敵』の姿と、その『敵』が自分に向かって声をかけているという体験に震えた。


 背中の一面が血で濡れているところを見ると、かなりの出血をしているようだ。今まで見つからなかったのは動けず、逃げることもできなかったためか。


だれか――」


 ニコルは周囲を見渡みわたしたが、声が届く範囲に仲間はいなかった。同僚どうりょうの全員が目の前の仕事に気を取られてこちらに注意を向けてくれていないようだった。この場でその傷ついた盗賊に対処できるのは自分しかないと思えた。


「た、助けて……た、たのむ、傷の手当てを……」


 倒れたまま動けず、弱々しく懇願こんがんしてくる盗賊のか細い声に、ニコルは反射的に動いていた。情報も取らないといけないし、そのためにはまず治療ちりょうをしなければならないという理屈りくつは半秒後に頭をぎってくれた。


「わかった、待ってろ。今、傷をてやるから――」


 動けないと思える手負いの敵の姿に緊張きんちょうがふっとほつれ、警戒心けいかいしんを解いてしまったニコルが倒れた盗賊に向かって歩み寄る。それでも盗賊の手に武器が持たれていないのを目で確かめ、かれを起こそうとかがみ込んだその時だった。


 不意に盗賊が顔を起こし、ギラついた目でニコルの目をのぞき込んだ。素早く首を動かしたその動作と、弱々しげだった表情にみがかんでいる違和感いわかんにニコルがづき、屈む動作を反射的に止めたその時、ニコルは気づいた。


「う――――!」


 盗賊のくちびる紙巻かみま煙草たばこ二本分ほどの長さの細いつつがくわえられ、その筒の口が自分に向いていることに!


「ニコル!!」


 悲鳴のようなアリーシャの声が聞こえたと同時に、拳大こぶしだいのつぶてが風を巻いて飛んできてニコルの眼前をかすめ、盗賊のほおなぐりつけるようにして激突げきとつする。それと同時にニコルがかぶっている兜の頬当ほおあてを軽いものがぶつかる感触がひびき、ニコルの目が縦にびた。


「ぶへっ!!」


 渾身こんしんの力を込めた石の投擲とうてきを頬に食らった盗賊がうめき声を上げて頭をかれ、そのまま動かなくなる。それと一瞬いっしゅんおくれてニコルが尻餅しりもちをつき、自分が何をされたのか、目の前で何が起こったのかを理解できずに硬直こうちょくした。


「そいつを地面にさえつけろ!!」

「はい!!」


 マルダムをふくめた騎士見習いたちが数人そ盗賊に群がり、地面に伏せている体を激しく蹴りつけ始める――頭も容赦ようしゃなく重い軍靴ぐんかみつけ、踏みころさないのが不思議なほどの勢いで凄惨せいさんな暴行を加え始めた。


「ニコル!!」


 自分が助けようとした男がってたかって激しく踏みつけられているという、理解が追いつかない光景。それに尻餅をついたまま起き上がれないニコルを、け寄ってきたアリーシャが襟首えりくびをつかむことで引き上げていた。


「お前、今自分が何をしようと、何をされようとしていたのかわかってるのか!?」

「ア、アリーシャ先輩…………!?」


 まなじりをげ、歯をしにしていかるという今までに見たことのない彼女アリーシャの表情を目の前にしたニコルののどで、心で言葉がまる。その反応に苛立いらだったアリーシャが、感情のぐちを求めるようにニコルの頭を思い切り地面に押しやった。


「取り上げました!」

「よし、貸せ!」

「危ないぞ。手袋てぶくろをしているだろうな」

「抜かりない」


 無数の軍靴のあとを体に刻まれるように蹴りつけられた盗賊の回りにほかの准騎士たちも駆け寄ってきて、盗賊がくわえていた細い筒を受け取る。指よりも細い筒に糸で固定されていた数本の黒い針、そのうちの一本を、その先はしで指をさないよう慎重しんちょうに抜いた。


「ニコル、これが何かわかるか」


 准騎士が細い筒と黒い針をニコルの目の前に差し出し、視界から外さないように据えた。


「な……なんですか、それは……」

「吹き矢の筒と、毒針だ」


 毒、という言葉にニコルの胃の底が、ズンと音を立てるようにして冷たくなった。


「お前は聞いたことがないだろう。毒使いの盗賊団を」

「ど……毒使いの盗賊団……?」


 正騎士のチャダまでもがそこにいた。部下から受け取った針を注意深く検分している――その針一本に何故なぜここまで騎士団がざわめくのか理解できず、ニコルは戦慄おののくだけだ。


「半年近く前に壊滅かいめつさせたはずの盗賊団だ。だが、残党がいる可能性を捨てきれず、騎士団にとっても喉に刺さった小骨のような存在だった。それが幻の盗賊団にまぎれて活動していたか……こいつの針の威力いりょくを見せてやる。今しがた、お前の顔に刺さりかけた針のな」


 頭を上げさせろとチャダが一人ひとりの見習い騎士に指示し、鼻と口から垂れた血で真っ赤になった顔の形をゆがめさせられた盗賊のかみを引っ張り、頭を引き上げた。


「じっとしていろよ。今からこの針をお前の耳たぶに刺す」

「ぃっ…………!」


 やめてくれ、と血まみれの盗賊は言おうとしたらしいが、くだけているあごと半分以上が折られた歯ではまともに喋ることもできないようだった。


「暴れて耳たぶ以外に刺さっても責任は取らんぞ。耳たぶならそれを根元から切ってしまえば毒が顔に広がることはないんだ――ニコル、見ていろよ」

「…………!」


 予感に震えたニコルが、目を見開いた。

 もうなみだでしかうったえることができなくなった盗賊の耳たぶの先に、奥歯おくばにくしみをみしめているような表情のチャダが短い針をき立てた。


 ――瞬間しゅんかん、黒い水滴すいてきをひとつ垂らされた綿のかたまりのように、針を刺された盗賊の耳たぶの先端せんたんがいきなり、黒く染まった。

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