「再会する恋・五百年の時を超えて」
「これはなかなか面白い話だ」
ヴィザードは笑った。
愉快そうな色しかその頬には乗っていなかった。
「我が開祖・ヴェルザラードとエルフの女王が恋仲だったとは、な」
「その時は王女だったわ。五百年前の話だからね。まあ、フラれたわけだけど」
面白くもなさそうにウィルウィナは口にする。実際面白くなかったし、その
「ははは……。そうそう、『城塞竜』の事件では大変世話になったようだな。
「お礼なんてよくてよ。あなたのためにやったんじゃないんだから……よくよく考えれば、あの事件もあなたの関与があるのでしょうね」
ヴィザードはその頬をますます緩めた。それが答えだった。
「おかしな話よ……一年も経たない間にこんな異変が立て続けに起こる。偶然と考えるのが愚かしいことなのよね……」
「まあ、そういうことだ。ややこしい話であるから、詳細な説明は省かせてもらうが」
「ゆっくり聞かせてもらうわ。今ここで、あなたをぶちのめした後でね!」
ウィルウィナのマントの下から、一本の銃身が突き出された。彼女の肩から
照門と照星を直接のぞいていなくとも、その狙いは一分の狂いもなくヴィザードの額を捉えている。
「正気か?」
人間一人の胴体を両断するには十分過ぎるだろう威力、それを容易に想像させる
「お前は私の力のほどは知っているはずだ。ワイブレーンを倒し、そして今、オルディーンも倒した。ふたつの神を
ヴィザードの手に赤い刀身の剣が現れた。
「勝つ算段があるとでもいうのか」
「ないわ、そんなもの」
「ならば、何故
「その旧き誼とやらのために戦うのよ、私は」
ウィルウィナの目から優しさが消えた。戦士としての鋭さが色として宿り、それは、鮮烈な輝きを放った。
「あんたの存在も含めて、今の状況の一切合切が私たち、五百年前の旧き者たちの不始末の結果だからね!」
マントの下に隠した引き金に指をかけ、ウィルウィナはそれを
「ふっ!」
反れた弾が柱の一本に命中し、大樹そのもののはずの柱をいとも簡単にへし折る。十階建てに相当する高さのそれが神殿の床に落下すると、天空の神殿がその基盤ごと揺れた。
ウィルウィナが銃の薬室を開いて燃焼した燃えカスを吹き飛ばし、神速の速さで次弾を装填する。
「この鎧に傷をつけるとはな」
右腕の厚い装甲に深くえぐられた跡がついているのを見、ヴィザードはますます嬉しそうに笑った。
「なるほど、こいつは生身に直撃を受けると少し痛そうだな。気をつけるとしよう」
「ムカつくわね!」
ウィルウィナが二射目を放つ。五十歩の距離から放つ、砲弾としては最小に相当する口径の衝撃をヴィザードは今度は左腕で防いだ。左腕の装甲が削り取られて火花の線が走るが、砲声に隠れるようにして鳴った凄まじい金属音が響くだけでそれは終わる。
「……あんた、どういう体をしてるのよ! たとえ装甲で防げたとしても、腕がもげるはずなのに!」
「毎日鍛えているからな」
左腕を下げ、ヴィザードは
「さあ、どうする。私を殺すためには頭を狙うしかないのだろう。それ以外に生身が露出しているところはないからな――一度胸に打ち込んでみるか? 当然のことながら、胴体はかなり厚い装甲にしているわけだが」
「くっ――!」
またもウィルウィナが次弾を込めた。連発できない機構の砲は発射の度に、薬室に残った
「その勇気に敬意は覚えるが、無策で無謀だ。そして、お前が得意としているのはその砲術しかないのだろう。接近戦に持ち込まれたらどうする。お前は仲間の援護しかできん。そういう立場だからな」
「――なら、これを食らってみるといいのよ!」
砲口がほんのわずかに下を向き、ウィルウィナは
「無駄な」
ヴィザードの呟きが終わる前に砲弾が甲冑の胸に食い込む。その凄まじい衝撃は空気に見えない波紋を刻んで散らせるが、ヴィザードの足は一歩も後退しなかった。砲の直撃を胸に受けてながら、それを涼しいもののようにヴィザードが流す。
「どうした、お前に切り札はもう、残って――」
ヴィザードの声音が陰る。胸甲が受け止めた砲弾、
「なに!?」
紫の光は一瞬にして、複雑で
「くぅっ!!」
ヴィザードの胸を中心にして、大型ビルの一棟を吹き飛ばすほどの青い光と赤い炎が絡み合う爆発が巻き起こる。そのもの凄い爆圧にウィルウィナは地に伏せ、頭を手で押さえて顔を床に押しつけた。
「くぅ――しくじったわ……!」
「そうだな!」
空中で燃え尽きた炎が黒煙に変わり、装甲の全てを焦がしたヴィザードがそれを
「術式砲弾とはな! とっさに魔法陣の一部を書き換えなければ、装甲の下の生身、皮膚の下で爆発を起こされていた! さすがにそれには私も耐えられない――ウィルウィナ、誉めてやろう!」
「そんなこともできるなんて……! あなた、いったい何者なの!?」
ウィルウィナはさらなる次弾を装填するが、後ずさるだけで発砲ができない。どこを撃てばいいのかわからない。
「オルディーンを倒した力の根拠はわかる。ワイブレーンを倒して手に入れた『命の珠』の力によるものだと。しかし、そのワイブレーンを倒した力はどこで手に入れたの! あなたは生身の人間だったはず!」
「力の根拠か」
その言葉が面白かったのか、ヴィザードの喉が鳴る。
「そうだな……我が祖ヴェルザラードと
ヴィザードの全身を覆っている黒い鎧のそこかしこに、大きな亀裂が入っていた。その裂け目から青色の淡い光がのぞいている。ウィルウィナはその色に思わず目を細めた。
それは、記憶に残っている色だったからだ。一瞬では思い出せないが、とてつもなく懐かしい。
「先程の爆発でこの鎧の
内に力を秘めるようにしてヴィザードは固く目を閉じ、腕と腕を目の前で交差させる。鎧の下から溢れようとしていた光が突如出口を与えられたように解放され、それは鎧の装甲を吹き飛ばす勢いで噴き上がった。
「ううっ……!!」
超新星の爆発に等しい
それも数十秒、一分に満たない異変だった。
「フゥ――――」
その圧力で周囲のものを吹き飛ばすのではないかと思えるほどの凄まじい光が、鎮まる。視覚を惑わせられたウィルウィナが細く目を開け、色と形が認識できる頃合いになって――悲鳴も上げられない
「どうだ、ウィルウィナ」
今までの、闇を煮詰めた色をしたヴィザードの鎧が、その色を全く違うものに変えていた。
空と海の色を混ぜ合わせたような美しい
形はその印象を変えない、自ら光を発する蒼い鎧を前にして、ウィルウィナの喉が
「そ……その色は……その鎧は……」
冷静さを剥がされたようにウィルウィナがうめく。
「覚えていたか」
「忘れるわけがない!」
ウィルウィナが叫ぶ。叫ばずにはいられなかった。
「それは……
『――ウィル』
ウィルウィナの背中の皮膚の裏が、一瞬にして
その頬を余裕に緩ませるヴィザードの背後で、
それは瞬く間にして人の形を取り、まるでヴィザードの背中を守るかのように固定された。
髪型に無頓着そうな、眉を隠すかのように長く伸びた髪。今は陰ってはいるが、笑えば快活に明るくなるかと思わせる顔立ちはまだ少年の面影が色濃く残る。肩ががっちりとした裸の上半身は腕が健やかに伸びていて、やや筋肉質な体は腹から下がまさに幻となって消えていた。
「なんで……なんでなのよ……!! なんで
全てが炎のように揺れていても、ウィルウィナにはわかった。わからないはずがなかった。
それは、五百年を超える時を生きた自分が、最初に恋心を抱いた少年なのだから。
だから、叫んでいた。魂を引き裂いたような声で、叫んでいた。
「――ヴェルザラード!!」
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