「島から、王都へ」
「手を挙げ、大人しく降りてくるんだ。飛び去ろうとしたら、二人に撃たせる」
「ニコル様、降伏を
「ニコルお兄様、ロシュは準備完了しています。指示をください」
「二人がバケモノ射手か。これはちょっと逃げようがないかもな……」
敵の能力を正確に読み取った魔界皇子の笑みに、ほんのわずかな
「おい、ニコル、降伏した俺をどう
「
「イモかよ。魔界とそう大差ねぇな」
「君みたいなのは
「やなこった――といったところで、断ったらこの場で串刺し消し炭か。しゃーねぇ、大人しく降りてやるよ」
「ロシュ、少しでもおかしな
「了解しました、フィル」
「女の方が
苦笑いしながら魔界皇子は両手を軽く挙げ、
「んで、俺を
「
「ああ……お前と茶を飲みながらリルルの乳の大きさについて語り合うっていうのも、
魔界皇子が軽く広げている手の平に、雷が閃くほんの
「ここは逃げさせてもらうぜ!」
「ロシュ!」
フィルフィナが
「くぅっ!?」
二人の視界が炎の色で赤く染まりきる。回避しようのない広い射角で
その炎の粒たちは射手ふたりに降り注――ごうとして、到達するまえに燃え
「ハッタリか……!!」
「はーはははは!」
ふたりが
矢と光弾に直撃された大木が折られた――というよりも、その先端を切断されていた。
「
「お嬢様を――!?」
「リルルをどうするつもりだ!」
「
魔界皇子の背中に、空から染み出るように紫色をした円形の魔法陣が現れる。フィルフィナの矢が彼の胸を貫く前に、魔界皇子は魔法陣の中に飛び込んでいた。ほどなくして魔法陣も空の中に溶けて消える。
「あの魔法陣は……王都に
「ニコル様、屋敷へ! 屋敷の
「わかりました」
この場で対策を協議している暇もない。三人は示し合って丸太屋敷へと走った。
「魔界皇子の計算には僕たちも瞬時に王都に移動できることが入っていない。そこが逆転のきっかけになるか……しかし、わからないことだらけだ……! 『私事』はまだわかるが、『仕事』とはなんなんだ。……それと、何故国王陛下がここで口に上る……!?」
◇ ◇ ◇
島の中央部からやや南に外れた位置に、ニコルの屋敷と政庁を兼ねた『丸太屋敷』は建っていた。前回の『旅行』の際にウィルウィナが
それを見ても島民たちはニコルが
その丸太屋敷の屋根の上では、一枚の大きな旗が
真紅の
アーダディス男爵家の紋章だった。
その丸太屋敷の正面階段から下に降りようとしていたエヴァが、何者かが全力で走ってくる慌ただしい雰囲気に気づいて顔を上げた。
「あら? 領主様、それに――」
「ああ、エヴァ! いいところにいてくれた!」
先に行っていて、とフィルフィナとロシュに
「緊急事態なんだ。僕たち三人は今から島を空ける。ひょっとしたらしばらく戻れないかも知れない――エヴァ、その間君に領主代理を任せたいんだ。引き受けてくれるね!?」
「な、なにがあったのですか?」
「リルルの身が危険なんだ、だから――」
「わかりました」
リルルの名を聞いただけで、エヴァは全てを飲み込んだ。
「島のことは心配しないで。私が上手くやります。領主様……ニコル、リルルをお願い」
「ありがとう! エヴァ、本当にありがとう!」
ニコルはエヴァの手を取ってその甲にキスをすると、屋敷の中に駆け込んで行った。
「ニコル……リルルのことになると、他になにも見えなくなるんだから……」
百年
「リルル、ニコルが今行くわ。あなたはニコルに応えてあげて……私の分まで、いっぱい……」
◇ ◇ ◇
たとえ世界の裏側であったとしても、定められた
それは倉庫の奥に、さも不用品のようにさりげなく置かれていた。
「ニコル様、さあ、お早く」
薄暗い倉庫の
「ん……!」
板の中に潜るという
五感の全てが働かなくなる薄皮一枚の異次元を介し、ニコルの体は、向こう側に出ていた。
「あ――――」
「…………ニコル?」
固体と液体の中間の感触から外に抜け出たニコルは、その両目を
先は公爵令嬢サフィーナの部屋だった。
背中に回した手でブラジャーの留め具を外しながら、鏡に映った自分を
ふたりの瞳が、正面の真正面から、かち合った。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!?」
悲鳴を上げて動きが止まったニコル、その背中を続いて出ようとしたフィルフィナが押す。その衝撃に簡単に負けたニコルが前につんのめり、留め具を外したブラジャーから
「ああ、ニコル! ついに私のところに来てくれたのですね! もうあなたを放しはしません! さあ今からそこの寝台にふたりで!」
幸せの絶頂に
「放してください! 離れてください! 話せば、放せばわかります! お願いです!」
「いや! もう放さない、離れない! 話なんかいいですから、そこで体と体で語り合いましょう!」
「……なにをやってるんですか。こんな時にサフィーナと浮気ですか。お嬢様にいいつけますよ」
「フィル、どうせいいつけるなら五分間待って。今そこで想いを
「手遅れになります! 今、リルルが危ないんです!」
ぱ、とサフィーナがニコルを
「……だからサフィーナ様の部屋に転移鏡を置くのは反対したんだ、こういうことが起きるから!」
「それはいいのです! こういうことが起きるように私が賛成したんですから! ……でニコル、リルルの身になにが起こるというのです?」
フィルフィナが
「それは……! ニコル、急ぎなさい。続きはまたあとで!」
「続きはありません! サフィーナ様、大変失礼いたしました、このことはどうか忘れてください!」
「いいえ、日記に書いておきます! 愛しのニコルがキスをくれたこと、しかも私の
「うわぁ――――!!」
泣きながらニコルはサフィーナの自室を飛び出した。
ゴーダム公爵家の屋敷からエルカリナ城までは約三カロメルト、歩けば四十分、全速で走れば四分を切れるかどうか。
魔界皇子が魔法陣で転移したのは、もう十分弱も前の話だ。その差を埋められるか
「……手段は、これしかない……!」
ニコルは腰のレイピアを抜いた。
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