「年は暮れゆきて、その後」
エルカリナ大陸の内陸――北方に位置する大地を、西に大きく
地平線の向こうにまで続いているのではないか、というほどに
ここは、
そんな、収穫の喜びを迎える静かな土地を
刈り入れの準備をしていた農民たちが、
「あーっ! キツかった――っ!!」
鼻が
一緒に心ゆくまで顔を洗い、両手ですくった水を飲み
「ここ……着いたの……目的地に……」
「多分なぁ。おい、そこらの
「
「んだな。――おい、おっさん! おっさん、出てきてくれ!」
「――あ?」
ガラスも
「ガープ、お前じゃねえ、依頼人のおっさんの方だ。寝てるのか」
「ああ、揺れる馬車の中で高いびきじゃよ。今起こすからの――伯! 伯爵! 起きなされ!」
「ったく……あああ、疲れた……ひもじい……寒い……」
馬車の中から
王都エルカリナを発して五日間、五百カロメルトという
「残りの弾と矢はどれくらいなのよ?」
「二割ってところだな。いやー、撃ちまくって
「冗談じゃないわよ! どこかで
そんなわめき声が響く中、ギィィィ……と重く
「ふぅ」
青いチュニックを着た、中年と初老の
ログト・ヴィン・フォーチュネット伯爵、その人だった。
「着いたのか」
五日間をぶっ通しで小さな馬車の中で揺られ続け、その間を全て車中泊で過ごしたためか、服装も髪も乱れに乱れている。それでも自分の足で歩ける気力は残っているようだった。
「よくわからん。方角と
「ああ……」
またも吹き付けてくる冷たい風に、一行は冷え切った自分の体を抱きしめた。
その中で、ログトは両腕を広げてそれを全身で受ける。
「おお……おお、おおお……」
眠気に
「この風……この肌触り、冷たさ、覚えがある……覚えがあるぞ……!」
「おい、おっさん!」
制止を振り切ってログトは走り出した。
「……今日こそは寝台で寝たい、風呂も浴びたい、服も着替えたいぞ」
「……ねえ、この契約ってどうなってるの。ひょっとして帰りもあたしたちが護衛するわけ」
「今はそんなのどうでもいい。どうやら目的地らしいし、食えて寝られる場所を探すぞ」
そうはいいつつも、無茶な強行軍を突き通し、いったん
◇ ◇ ◇
細い道に仕切られた四角形、一面一面が広い麦畑の間を、ログトは少年のように
「は……ははは、ははは、はははは……! この
自分の胸までの高さがある、無限に連なる小麦の穂たち。穂が揺れ、
そう、自分はこの金色の海を泳いできた。幼いころに、何度も何度も。
「夢に見た……夢にまで見たフォーチュネットの大地だ! フォーチュネットの麦の海だ! ――私は帰ってきた! 取り戻した! 取り戻したんだ! ついに、ついに、ついに、ついについについに……!! ついに私は夢を果たしたんだ……!!」
涙を流し、鼻水を垂らしてよだれを撒き散らしながら走る、貴族かなんなのか
「ふっはぁ――――!」
麦の穂を
「おい! そこの親父!!」
自分の畑が踏み
「お前、正気か!? なんの
「おお、お前の畑だったのか。ここはフォーチュネット郡だな? フォーチュネットの麦畑だな?」
「ああそうさ! ここはエルカリナ大陸
「そうか! ふははは……! やっぱりフォーチュネットの畑だ! フォーチュネットの黄金の海だ! 私は帰ってきた、本当に帰ってきたんだ……! これは、これは本当に夢ではなかろうな。目が覚めたら事務机の上に突っ
「うるせぇ! 首を吊る前に俺がボコボコにしてやる! このわけのわからん親父が――!!」
「まあ、まあまあ、そんなに興奮するな。これで気を
ログトは
「ひゃっ……百万エル……!!」
「それだけあれば足りるだろ。
「あ……あんた、何者なんだ、いったい」
「私か? 私はな、ここの新しい領主だ」
ログトは笑った。心からの、心底からの笑みがそこにあった。
「いや――
喜びを制御できないように笑い続けるログトは、再び小麦の海に飛び込んだ。実と穂を
「フォーチュネットの風よ! フォーチュネットの雲よ! フォーチュネットの太陽よ!! 私は……ログト・ヴィン・フォーチュネット伯爵は今、帰ってきたぞ!!」
ある冬の、夕暮れ時の光景だった。
そしてこの約一月後、このフォーチュネット郡の大地がどのような
◇ ◇ ◇
エルカリナ暦四五三年が、終わろうとしていた。
リルルはおよそ一ヶ月の間、エルカリナ城の
一年の最後の夜、土砂降りの雨が王都の
王都で最も高い位置にある尖塔に
その照り返しに自分の顔も白く色を
「風向きが……変わるわ……」
それは予感とも呼べないかも知れない、小さな勘の
しかしリルルはそれを信じた。快傑令嬢リロットとして戦った中で
「――間もなくかも知れない……」
◇ ◇ ◇
――エルカリナ城の地下深く、深奥部分にある『結節の空間』。
そこは、闇しかない世界だった。
その中で唯一の例外のように、まるで精密な機械時計のように
最も外の輪は
「どうなってんだこりゃあ!!」
「ほぼ一ヶ月待っても、大して
声を
「これが拡がらねぇと魔界から軍勢が出れねぇ! 俺たち魔力が抜きん出る者だけ出ても、戦争になりゃしねぇ! あの国王にも都合が悪いだろうに、なにをもたついてやがるんだ!」
「若、どうします」
「――どうもこうもねぇ! 親父に報告だ。魔界ももう、
ダージェは目をつぶり、強く念を浮かべる。他の二人もそれにならって一斉に『輪』の中に足を
◇ ◇ ◇
明かりのひとつも灯されない玉座の間。
「――もうそろそろ、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます