「三人目の求愛者」
「……あなた、本当に誰なの!?」
「俺のことを人間じゃない、なんて思ってるな? ――ま、実際その通りなんだけどよ」
少年の気配を残す顔が
「リルル、あんな
「魔族……?」
「俺はダージェっていうんだ」
どこかに獣の気配を見せて少年――ダージェは笑った。
ニヤニヤと笑いを浮かべながら話しかけてくるその少年をリルルは、
「リルルよ、俺の嫁になれって。そうすればこんな
「……あなた、魔族なの?」
「魔族を見るのは初めてなんだろ? なのに大して
ダージェと名乗った少年は、壁に着く手で自分の体を支えながら、鉄格子に顔をぶつける勢いで身を乗り出させた。鉄格子には魔族を
「俺の通り名は
「は――――」
「俺と結婚すれば、お前は将来の魔王のお
熱のこもった声にさらされてリルルは
現実感もなにもない。これが夢ならこの、瞬間に覚めてほしかった。
「どうだ、リルル。俺は誰にでもこんな話をして回ってるんじゃねえ。まあ、たまに女と遊ぶけど、お前が結婚してくれるといってくれたら
「……なにもかも
「まあまあ、そういうなって。な、この通りだって!」
手を着く地面があるのなら、土下座をしているのではないかという勢いでダージェが頭を下げ、リルルの
「……私には心に決めた人がいるの! その人を裏切ってあなたに乗り換えるなんてあり得ない!」
「は? あのおっさんがそうなのかよ」
「
「はぁ――――!?」
ダージェの顔が、驚きに思いっきり
「騎士だ!? 王族でもなんでもないのか!? 待て待て、その騎士っていうのはあれか、金持ちなのか!?」
「お金なんてそんなにない人よ! でもね、私にとってはこの世でいちばん大事な男性なの!」
「はぁ――――」
「あなたが好意を向けてくれるのは光栄よ。でも、そういうわけだから
「――ニコルっていうのか、その騎士は……」
「そうよ! あなたよりずっと誠実で、まっすぐ私を見てくれる! なにより、あなたみたいな強引な人じゃないの!」
「……面白え」
「騎士の分際で俺の
「……知らないわよ! 自分で探せばいいじゃない!」
「お前につきまとっていれば、そのうち会えるかも知れないな。……はは、お前って本当に面白い女だな! これからもちょくちょく顔を見に来るからな! まずはあのおっさんをどうにかしてやる!」
「それって国王陛下のことでしょ! いったいなにがどうなってるの!」
リルルが声を上げたと同時に、窓の外から光の
「――そろそろ潮時か」
「見つかったら面倒なことこの上ねぇな。お前をどっかに隠されても
「どうしてそんなことに
「いいのか? そんなことしたら、閉じ込められているはずのお前が、隠れて誰かと連絡を取っていることをバラすぞ?」
「っ――――!」
「ハハハ! 今夜はこれで退散させてもらうわ! また来るからよ、次はもう少し色っぽい格好をしていてくれよ!」
「誰がするかぁっ!」
「じゃあな、リルル。愛してるぜ」
ニッ、と笑いを残し、ダージェの姿が落ちるようにして窓の外から消えた。反射的にリルルはその姿を目で追おうとするが、彼の姿は死角に入って見ることもできなかった。
「ほ……本当にどうなってるの……いいたい放題いってさっさと帰っちゃって……」
顔と心の両方を熱くし、冷や汗を流してリルルは
「……本当にまた来るんじゃないでしょうね。うっとうしい、二度と来なければいいのに……そ、それになんでお城に魔族がいるの? どうして魔族に求婚されなきゃいけないの? も、もう、わけがわかんない……」
『――リルルお姉様』
「ひっ」
耳元で聞こえた
「ロ――ロシュちゃん?」
『はい、私はロシュです』
窓の外にかけられた鉄格子を、昨日の
「ああ……ロシュちゃん、今夜も来てくれたのね。び、びっくりしちゃった……」
『窓の外にいた生物を記録していました。後ほど
「少し前から来ていてくれたの、ありがとう……でも彼、本当に何者なのかしら……」
『――外部
「だっ……誰だかわかる!?」
リルルは
『体温分布から、人間の男性と判断します』
「だ、男性……」
リルルの頭で、一人の人物が瞬時に特定された。
『私はこれで
ロシュの手が半分開く。小さく折りたたんだ一枚の紙と、手の中に握り込める大きさの紙袋がそこにあった。
『これらは、絶対に見つからない場所に隠しておいてください。次に連絡が取れる時期は不明です――リルルお姉様、がんばってください』
「う、うん――」
リルルが急いでそれを受け取り、右手首の黒い腕輪の中に素早くしまうと同時に、鉄格子をつかんでいた手が離れ、消えた。
この階に昇降機が到達したことを示す鐘の音が、高らかに鳴る。リルルは窓を閉め、服装を正しながらソファーに座る。心臓のざわめきを手で押さえ、片方の手で粗く髪を
「こんな
扉の向こうから聞こえてきた声は、リルルの予想通りの人物のものだった。
「……陛下!」
「もう
理想の父親がいればこうだろう、と思えるくらいに優しげな声が扉の向こうから聞こえてくる。
「大丈夫です、た、ただいま――ただいまお開けします! 少しお待ちください!」
「そんなに
「は、はい――あいた!」
実際に足を軽く打ってしまったリルルは苦笑しながら、数ヶ月前に初めて国王と言葉を交わした、あの園遊会のことを思い出していた。
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