「淑女の窓は三回叩かれる」
「ご苦労様」
背中からかかった声に、第八階層に通じる階段を警護する重装兵士たちは振り返った。
二十分前にここを通した曲芸師一行の三人が階段を下りてきているのが見え、兵士達は道を
三人は特に会話を交わすこともなく、そのまま一階に向けて長い階段を下りていく。
夜更けに差し掛かる城内は、
誰ともすれ違わない階段を下りる中、
「あの国王の印象はいかがでしたか、若」
「……おっさん、明らかになんか
少年――
「不都合があったから計画が遅れているなんていうのは、嘘っぱちだな。それはわかった。が、何故そんなことをしているのかはわからねぇ」
「……我々の足元を見ているのでは?」
「それもあると思うが、
「
「
皇子は笑った。笑っているように描かれた道化の化粧が、
「俺たちはそこを捨てようとしてるんじゃねぇか。奴だって
「……五百年前の『
「
魔界皇子は瞬時、目を閉じた。
地上世界の下にある魔界――実際には、次元の
魔族は人間ほど
「来年はねぇぞ。この計画でこっちに進出する計画が成功しなけりゃ、うちは
「備えが必要ですな」
「
「『あれ』ですか?」
外套の男が、
「若、しかしそれは危険では……警戒も厳しく……」
「見つかるようなヘマはしねぇよ。そのための『あれ』だろうが。いわれた通りにしろ」
渋々といった様子で、外套の男は
頭と胴体、
「俺はそこのバルコニーから出る。お前らは『俺』を連れて正門から出ろ。合流地点は例の場所だ」
「……若、くれぐれも無茶は……」
「俺はそんなマヌケじゃねえよ。行け」
二人から別れた皇子は、手近なバルコニーに通じる扉を音もなく開け、外に出た。連れの男はそれに小さくため息を
◇ ◇ ◇
道化師の少年と外套姿の二人の連れは、エルカリナ城の基盤となっている小高い丘の階段を下り、正門での検問での検査を受けた。
入る際には厳しい確認も、出る分にはさほど厳しくない。確認するのは
「――行ってよし!」
軽く頭を下げただけで無言のまま門から出て行った三人組の姿が消えたのを認めて、警備兵たちは
「――あの曲芸師の三人が出ていったら、合図を送れっていう
「ああ、あの三人のことだ……なんか意味があるのかね」
「知らん。俺たちはいわれた通りにしていればいい」
兵士の一人が
◇ ◇ ◇
「国王陛下、
「そうか」
警護兵の報告に、玉座に深々と腰を沈めたヴィザードはうなずいた。
「
「はっ」
敬礼をし、
「――ティターニャ」
「
玉座の真後ろで、闇色の肌をした森妖精の気配が浮かび出た。いや、溶け込んだ闇から
「すぐにバトゥ公国に飛んでくれ。計画を一段階前進させる」
「こんな夜中に? いいじゃない、ゆっくり
「お前と
背後からしなだれかかってきた腕を払い、ヴィザードは立ち上がった。
「余も仕込まねばならないことが色々とある。忙しいのだ」
「あのリルルとかいう娘に色々と仕込むんでしょう。憎たらしい」
「早く行け。我々に
「わかったわよ。ちゃんとお仕事するから、たまにはご
ふふと笑う気配を残し、
「……あやつも、なにを考えているかわからん女だ……」
魔界に落ち込んだエルフが、魔界の
「――が、手駒は必要だ。
「そろそろリルルの顔を見るとしよう。夜更けの訪問だが、しばらくは顔も見られなくなるからな」
◇ ◇ ◇
部屋の
一日一日と冬の気配が強さを増す王都。そこにある全ての建物の中、最も高い部屋で寝起きすることになったリルルは、この世で最も高貴な
「今夜は……ロシュちゃんは来てくれるかな……」
今夜も、地上から空に向けられる探照灯の数が多い。
時刻は、八時半を何分か回っているくらいだ。昨夜、ロシュはこの時間に来てくれて――。
こん、と窓を外から
「ああ、来てくれたのね! 待ってた――わ…………!?」
喜びの声を上げたリルルの
尖塔の窓の外にいたのはロシュではない――ロシュとは似ても似つかぬ、一人の少年だった。
「俺を待ってたって、か?」
「な…………!?」
壁にはつかめるものはないはずなのに、手の平を壁に吸い付かせるようにして、その少年は
この尖塔まで素手で上がってくるなどという芸当は、曲芸師の芸のうちなのだろうか――リルルは絶句した。
「ちっ、この鉄格子、『
「あなた……誰なの!?」
リルルが顔を
「――お前、面白い女だな」
興味の光をその目に輝かせ、少年はなんの
「こんな高さの窓を外から
「…………!!」
なんに対しても明け
「ってか、むしろ待ち受けていた感じだぜ。俺の他にこんなご訪問をする変人がいるっていうのか?」
「く――――」
「――いいな、お前。ゾクッとする目を見せてくれるじゃねぇか」
少年の口が小さく開いた。人間のものにしては鋭すぎる犬歯がのぞいた。
「俺なんかみたいなのは
「……下がりなさい!
「紳士じゃないから仕方ないぜ、生まれも育ちも悪いから
「うるさいわよ! なんでこんなところでまでイジられなきゃいけないの!」
宿命にリルルは泣きそうになった。
「気も強えのもめっちゃいいな。俺は気の強い女が大好きなんだよ。そういうのを
「あなた、私の名前を……?」
「ちょっと顔を確かめようと寄っただけだったが、こんなご褒美があるとはな……ははは、こりゃいい、面白いことはどこにでもあるもんだ。――なぁ、リルル。お前、俺の嫁になる気はないか?」
「はあああ!?」
「俺はこれでも
名前も
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます