「本当の決着への道筋」

 一方、百二十階のフェレスの部屋。

 目覚めの直後におそってきた空腹くうふくを、家臣が目撃すれば泣いてなげくようなあらしごと暴飲暴食ぼういんぼうしょく鎮圧ちんあつし、満足の中で食後のお茶を楽しんでいるサフィーナに対し、


「サフィーナ様!!」


 ニコルは、おのれの一生をけた一世一代の大嘆願だいたんがんいどんでいた。


「――もう過ぎたことをとやかくいっても始まらないのは、わかっています! ですから、今から申し上げるのは未来のことです! サフィーナ様、どうか、どうかお願いです!! この先に快傑令嬢を続けるのは、是非ぜひともおやめください!」

却下きゃっかします」

「ぐふぅっ!!」


 一刀両断に切って捨てられたニコルが、顔――いや、たましいふくめての心身の全てをゆがめた。


「も……も、もしものことがあったらどうするのですか! サフィーナ様がぞくとの戦いで傷ついたり、わなおとしいれられ、その御身おんみに万一のことがあったりなどしたら!! 僕はゴーダム公に、父上に対して申し開きができません!」

「私はそんなドジではありません。快傑令嬢サフィネルをなんだと思っているのです。それに私にはクィルとスィルという二人の頼もしい援護サポート役もいるのですよ……ああ、あなたの長い話でお茶が冷めそうです」

「お茶なんてどうでもいいでしょう!? なにが起こるかなんてわかるものでもない、今回の事件だって、薄氷はくひょうむような戦いだったではないですか!! ……みんなが五体無事でいることが、奇跡だと思えるほどです! いいえ、問題は、怪我けがだけではありません!」


 火がついた花火のようにしゃべりまくるニコルの言葉の暴風を、サフィーナはそよ風同然に受け流していた。

 実際、そよ風よりさわやかだったといえる。

 なにせ、自分が恋するニコルが自分のためだけに顔を真っ赤にして話しまくってくれているのだから、これ以上の喜びもなかった。


「もしも、もしも正体が世間に対して明らかになったら!! サフィーナ様が罪に問われるばかりか、ゴーダム家の家名に傷が! いいえ、それだけでなく、御家おいえのお取りつぶしもあり得ます! 万が一そんなことになったらどうするのですか! 父上のなげきは如何いかばかりかと――」

「それはあなたの考えちがいです。快傑令嬢の活躍かつやくで救われるはずの人々を不幸のままにめ置いてでも、父が家名を優先するとは思えません。なにがあろうが最後には、父は私の正義の意志を信じてくれます。何故それがあなたにはわからないのですか。いえ、あなたはわかっている上で、それを曲げて話しているのでしょう?」

「くく――――!」


 論理の正しさにいい返せないニコルが、その場に両膝りょうひざを落とす。そんな二人のやり取りを、サフィーナ専属メイドであるクィルクィナとスィルスィナが、少し距離きょりをおいた席から飲み物とお菓子付きで見物していた。


「ありゃりゃりゃ。完全にニコルきゅんの分が悪いじゃん。んでも、サフィーナお嬢様もめっちゃ強気だねぇ」

「……失うものがないから。……クィル、そっちのお菓子」

「ん」


 お菓子の入った袋をそれぞれかかえ、時に相手に中身をつまませて、エルフの双子の少女たちは攻防を見守った。


「――それにニコル、あなたは今の王都警備騎士団のていたらくで、私たち快傑令嬢をつかまえられるとか、本気で思っているのですか?」

「うううっっ!!」


 ニコルがった。ひたいに銃弾を受けたかのようだった。


「あ、ニコルきゅんが貫通かんつうされた」

「……これは割と致命傷ちめいしょう


 少年騎士の嘆きの痛々しさに、双子の少女たちが嘆息たんそくした。


「最近ではれ合いもいいところ。警備騎士に手を振ればこたえてくれるし、真面目に追ってこようという意志があるのかどうかうたがわしいくらい。これで私たちが捕まえられるとか思っていたらお笑いぐさです」

「た、確かに、同僚どうりょうたちに関してはそうかも知れませんが、僕は真面目に追っています! 必ず僕は――」

「はあ? 快傑令嬢リロットと快傑令嬢サフィネルの正体が、あなたが恋するリルルとあなたが逆らえないサフィーナであるとわかっていても、あなたは逮捕たいほできるというのですね?」

「サフィーナ様ぁぁ!!」

「ちょっとちょっと、うちのお嬢様はニコルきゅんを言葉で殺すんじゃない? そろそろ止めた方が」

「……面白いからこのまま見る」

「それもいっか」


 クィルクィナはあっさりと提案ていあんを引っ込めた。


「わ……わかりました! たとえ快傑令嬢の正体がサフィーナ様たちであったとしても、僕の目の前に現れる限り僕は追い、捕まえます! これは僕のちかいです!」

「まあ! ニコルが私を本気で追ってくれるのですね!」


 サフィーナが音を立ててカップを置いた。その口元が喜色きしょくに満ちていた。


「これは楽しみというものです! では私も誓います! 現場で私を捕まえることができたら、私は大人しく快傑令嬢を引退いたしましょう!」

「――サフィーナ様、そのお言葉を信じてもよろしいのですね!?」

「当然です! 女に二言にごんはありません! 私サフィーナは、愛するニコルとの約束は必ず守るとここに宣誓せんせいしましょう!!」

「あ、お嬢様が楽しみを確保した」

「……茶番ちゃばんの追いかけっこの、始まり始まり」


 子供の追いかけっこの延長のようなものだ。ニコルが必死に追い、恋する相手の少年が自分を懸命けんめいに追いかけてくれる喜びによくしながら、サフィーナが逃げる。さぞかし面白いことだろう、お嬢様の方は。


「ニコルきゅんの方も苦労性だねー」

「……それはいいとして、問題は」


 スィルスィナが飲みしたカップを皿に置く。常に半開きのその目が、事態の行き先を見ていた。


「……ニコルとリルルの方」



   ◇   ◇   ◇



「それではフェレスさん、お世話になりました」

「いやいや。こちらこそご迷惑をかけてすまなかったね。近くに寄った時はおいでよ。心から歓待かんたいするよ」


 そんな別れの挨拶あいさつを交わし、リルルたち一行は銃の山のふもとをはなれた。ニコルが空にさらわれ、エルフの一族がと変えられてここに乗り込んだ時の緊張感などは、欠片かけらもなかった。


「よくよく考えなくても、あいつが全部悪いんじゃないさ? それをなんで礼儀れいぎ正しく挨拶なんかしてるのよう。ぎったぎたにして制裁せいさいを加えなきゃいけないところじゃないの?」

「クィルちゃん、そんな暴力的なこといっちゃダメよ。みんな無事だったからいいじゃないの。ニコルちゃんに妹もできたし」

「まー、ママがいうなら別にいいけどさー。でも、乗り込んで戦って仲間が減るのはわかるけど、増えて出てくるっていうのはあんまり聞かないかも」


 晴れた空の下、一行は丸太屋敷までの道をてくてくと歩く。リルルは背後の細長い山を振り返り、その中の塔で行われた激闘に想いをせた。

 死ぬか生きるかという戦いに身をさらしてきたのが、今からしてみれば、まるで夢のようでもあった。


「旅行の日程は、あと何日でしたか……」

「この島で一泊二日。明日には船で離れないと」


 母の返事にフィルフィナの表情がひしゃげた。


「まだあの丸太小屋でまともに一泊いっぱくもしてないのですよ。わたしもまだ体の違和感いわかんが残ってる感じです。これでは、この島になにをしに来たのか……」

「まあまあまあ、いいじゃないフィルちゃん。今夜はゆっくりと温泉にかって、明日一日遊んで帰ればいいのよ。終わりよければ全てよし、なべて世は事もなし、世はなべてこともなし、だわ」

「……全く意味が不明なのですが、お母様」

「リルル」


 けむに巻く母と巻かれる娘。その背中を見るように一行の後ろで続いて歩きながらニコルは、肩を並べるようにして歩くリルルに声をかけた。


「なんだかんだあって、リルルと話す時間が取れなかった。落ち着いたら、ゆっくりと話がしたい」

「うん、わかったわ」

「……リルル?」


 ニコルが目をまばたかせた。リルルの声から前向きな気持ちがあふれているのが意外だったのだ。


「私も、ニコルと話す時間が欲しかった。色々と話したいこと、あるから。特にこれからのこと……」

「これからのこと……」

「そう、これからのこと」


 これからのこと。それは、ふたりにとってのこれからのこと、にちがいないはずだった。


「私、ひとつだけちゃんと決めたことがあるの。決めなきゃいけないことはたくさんあるのだけれど……大事なことを、ひとつだけ」


 リルルの目がまっすぐ前を向いている。ニコルと目を合わせたくないからではなく、それは未来を見る目だった。


「どこか落ち着いて話せる場所で、話しましょう」

「――うん、わかった……」


 水をかけた方が不安になるくらいのリルルの冷静さに、ニコルの方が戸惑とまどった。

 ひとつだけ決めた、大事なこと――それは、ほどなくすれば明かされるのだろうが、それが二人の運命に関わることになるだろうということだけは、確信が持てた。

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