「少女たちの覚悟」
リルルは、夢を見ていた。
薄桃色のドレスを身にまとった、快傑令嬢リロットたる自分が
『これは――――』
それだけで状況がわかる。これがいつの夢かわかる。
目の前には、
これは、王城の地下の光景のはずだ。
連れ去られたニコルを取り戻すため、
リロットの姿をしたリルルを敵と見なし、正気を失っていたリルルに、
剣を振るうこともできないリルルはそれに
だから、リルルは
今まで少年に対し、
そして、メガネの向こうに今まで隠してきた、リロットの素顔を――。
◇ ◇ ◇
「ニコル!」
体が跳ね上がり、その数秒後に、自分が夢から
「え……あ、あ…………!?」
背が低く
自分は気絶し、そのまま眠っていた。
確か気絶したのは、赤い
「っ!」
振り向くと、色を失い透明になった巨大な三角錐がその頂点を土の中に潜らせているのが見えた。激しく輝いていたはずのそれは、まるで死んだかのように全ての気配を絶っている。
一瞬で状況を
確か……。
「……光に吹き飛ばされて、その前に、ニコルが手につかまれて、空に引き込まれて……!?」
「う……ん……」
すぐ側で聞こえた
「サフィーナ! 起きて、起きるのよ!」
「リル……ル……?」
乱暴なくらいに
「――フィルは! クィルちゃんも、スィルちゃんもいたはず――」
その姿を追い求めたリルルの瞳、その
「な――――!!」
フィルフィナたちは、立っていた。
クィルクィナもスィルスィナも並ぶようにしてそこにいた。
ただ、物いわぬ――物がいえるはずもない姿で、そこにいた。
「……フィル!?」
木が少女たちの姿を
肌が木、髪が葉と化したエルフたちが、それだけは布のままのメイド服を着て立っている。何も言葉は発さない。木が
ただ、自分が今どうなっているかもわからないような、
「フィル!! あなた、どうしたの――」
「触ってはダメ!」
「……触ってはダメよ、リルル。理屈はわからないけれど、本当に枯れた木のようになっている。指なんかの細いところに触れると折れかねないわ。折れてしまったら、二度と戻らないかも……」
「フィ……フィルが、クィルちゃんもスィルちゃんも、どうしてこんな姿に……。私たちはどうして無事なの……」
気力を
「リルル、落ち着いて。考えられるとすれば、エルフにだけ作用する魔法なのかも知れないわ。私たちは……なんの異常もないみたい……」
「あの赤い光の輝きが魔法だったの……!? でも、どうしてエルフだけに効く魔法なんか――」
そこまで口にしてふたり、同時に同じ認識に思い当たった。
「――ウィルウィナ様は!?」
◇ ◇ ◇
転ばないのが不思議なくらいの全速力で林を抜け、リルルとサフィーナは丸太屋敷に走った。
足音を響かせながら階段を上がり、二階に駆け込む。
最後にウィルウィナを目撃した部屋に飛び込もう――としてリルルは、南の方角に面したバルコニーに一人の人影が立っているのに気付き、首が折れかねない勢いで振り向いていた。
「ウィルウィナ様!!」
駆け寄ろうとしたリルルとサフィーナの足が、止まった。
夜のドレスにその身を包んだ姿のウィルウィナも、同様に枯れ木の像と化していたからだ。
「ウィルウィナ様まで――!」
悪い予感を的中され、叫んだリルルがそれ以上の言葉を継げず、重い息を
「これは……本当にいったい、どうなって……ニコルを連れ去ったあの声と手の
「……リルル、ウィルウィナ様の右手を見て」
「右手……?」
サフィーナの声に
水分の全てが消え失せた枯れ枝のような指が、拳大の
心臓が脈打つ
自分を取れ、と教えるように光の
水晶玉の明滅がやみ、次にはリルルの手の平の中で
緑色の光の帯が大きく
「――――!?」
リルルとサフィーナが息を飲む。光の帯が
『時間がないの、手短に話すわ』
ぼやけた緑の光線で描かれるウィルウィナが
これは、ウィルウィナの記録なのだろうか。
『ニコルちゃんが夜空にさらわれたのを、月から光が放たれたのを見たわ。今、私をエルフを木に変えてしまう魔法が襲っている。フィルちゃんたちも同じでしょう。リルルちゃん、サフィーナちゃん、銃の山に
そこまで口にした時点で、二の腕までもが枯れていくのがわかる。口が動かなくなるまでもう十数秒とない速度。服の下に
『木に変えられた私たちが、術を
「ウィルウィナ様!」
無駄だとわかっていても、リルルには
「銃の山に、この魔法を放った魔導士が……?」
「ニコルもきっとそこにいる――私はなんてマヌケなの!」
リルルの拳が、バルコニーの柱に叩きつけられた。
「ニコルがさらわれようとしている時、私はリロットになろうとメガネを手にした! なのに――なのに、手が固まってそれをかけることができなかった! きっとニコルの目の前でリロットになるのが
二度、三度、と拳が柱を揺らす。柱の
「こんな時に、それくらいの
「リルル、やめなさい!」
サフィーナの手が、さらに柱を
「今、そんなことを責めてなにになるの! 冷静になりなさい。私たちがやらなければならないことは、ウィルウィナ様が教えてくださったでしょう!」
「サフィーナ……!」
「私たちには敵がいるわ。それを倒さないといけないのよ。心を揺らしている場合ではないの。リルル、あなたにそれくらいのことが、わからないわけはないでしょう?」
「…………」
リルルが拳を
支えが失われたようにその膝が折れて再び、腰が床を
「フィルやウィルウィナ様たちがこうなった今、ニコルを助けに行けるのはリルルと私、ふたりだけ……リルル、覚悟はしておいた方がいいわ」
「……か……覚悟って、なんの……」
つけておかなければならない覚悟が多すぎるとも思えて、リルルはこんな時にでも、口元に
「王都なら、まだ何とでも言い訳もできる。でも、ウィルウィナ様たちが行動不能になった今、この無人島に快傑令嬢のふたりが
リルルの胸を、言葉の銃弾が貫いた。
神出鬼没の快傑令嬢リロットと快傑令嬢サフィネル――それは人口百六十万人を数えるコア・エルカリナなら通じる話だ。
「そうね……いくらニコルが
「ニコルを助けに行くということは、そういうことなの。リルル、あなたは――」
「……かまわないわ」
リルルは立ち上がった。
柱に手を
「ニコルを助けられれば、どうなったっていい。……私がニコルに愛想を尽かされて、見捨てられてもかまわない……。ニコルを助けられて、ウィルウィナ様やフィルたちの姉妹を助けられれば、私なんかどうなってもいいの……。いつまでも隠し通せることでもなかったもの。――来るものが、来ただけよ……」
今まで当たり前にあった日常との、
もう、二度と巻き戻せない改変。
「……サフィーナはいいの? 正体がバレるのは、サフィーナも同じなのよ」
「私は、あなたほどには失う物は多くないでしょ?」
「……私を見捨てたニコルが、その後であなたを選ぶ可能性もあるのに?」
「私には、リルルをフッたニコルこそ、どうでもいいの」
サフィーナは
「私が大好きになったのは、リルルに
「そんなの、わからないわ……」
「わかっていないのはリルル、あなたよ」
馬鹿ね、とサフィーナは笑った。
「
「うん」
――敵。
ウィルウィナの言葉が正しいのならば、月を
今までほとんど休まず戦って来た、そのささやかな
まさかその先で今までのような、いや、より強大かも知れない敵対者と
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