快傑令嬢すぺしゃる!
快傑令嬢すぺしゃる!001
「王都のごくごく平凡な日常の夜」
深夜の晴れ渡った
ここは王都エルカリナ。人口百六十万、衛星都市を加えれば三百万を数える、世界最大の巨大都市だ。
下からの明かりに照らし出され、その
大規模な屋外の
そんな
総勢五十人ほどのそんな
『
「快傑令嬢リロット……ですか」
今月
夏から秋に季節が移ろうことを告げる、
「どんな奴なんです? 僕は全然知らないんですが」
「見たらわかるよ」
新入りの質問に答えたのは、金色の髪を
「今夜こそは絶対に
「はあ」
その少年騎士は
安月給で、危険で、長時間労働で、先の展望も見えず、それでいて市民のからの目は厳しい。士気が低くなるのは道理だった。
「それに、この予告状おかしいですよね。『現れる』とは書いていますが『なんのために』とは全然書いてない」
「……ということは、目的は僕なんだ」
「はい?」
新入りは目を丸くした。本当にわけがわからなかった。
「……僕のせいで、こんな真夜中、みんなに残業を
「先輩のせい? このリロットとかいうふざけた奴のせいじゃないんですか?」
「今にわかる――」
その、
受け答えのために一瞬緊張が抜けたニコルの背後に、無から
「うわぁぁぁぁぁぁぁ――――!?」
「せんぱ――――い!!」
少年の姿は、
「おー、来たか」
大砲で撃ち上がったかのように夜空の真ん中に浮かんだニコル、それに絡みついているようなもう一人の人影。それを地上から見上げる警備騎士たちからはわずかな緊張の残りさえも全て抜け、両腕を
「よーし、帰るぞ」「あー、疲れた疲れた」「残業手当出るかね」「んなわけねぇよ」
「あの、あれはいいんですか? ニコル先輩が連れ去られてますけれど?」
「いつものことだ」
「いつものこと……」
新入りは夜空をもう一度見上げた。
見えるのは暗い闇に目立つほどに白く広げられた大きな
「あれ……女ですか?」
「あれが『快傑令嬢リロット』だ」
「あれが」
顔がわからないのが難点だった。一瞬顔を見たかと思ったのだが、何故か記憶からその情報だけが
「連れさらわれたって、別に取って食われるわけじゃねぇ。飽きたら解放される。いつものことだ」
「あんな美少女なら俺も取って食われたいよ」
「なんで美少女ってわかるんです? 顔を見た者はいないんでしょ?」
「てめえ俺たちに
「美少女に決まってるだろ! 俺たちの願いみたいなもんだ!」
「帰りに
「はぁぁぁ……」
ぞろぞろと
◇ ◇ ◇
「うわあああぁぁぁぁぁ――――!」
「こんばんは、ニコル! お久しぶりね!」
遠心力に顔も心も振り回される少年に、振り回している方の少女が笑って
「やられたばかりじゃないか! 三日前!!」
「三日も会えなかったのよ! 私、寂しさで死んじゃうわ!」
「こ、今夜こそは君を逮捕する! さあ、大人しく
世界が自分を中心に回転する中、必死にニコルが取り出した手錠をリロットは自分で自分の手首に
「捕まえた。今夜はあなたを離さないわ。さあ、朝まで踊りましょう!」
「ぼ、僕には、心に決めた女性、リルルがいるんだ! わかってるだろう、君もリルルと友達なんだか――」
そのニコルの
「――――――――」
きっかり六十秒の間、息を止めて目を見開いたニコルと、目を閉じて唇と心の全てを預けているリロットの影が、重なった。
「――だから、なんでこんなことをするんだぁ!」
「あなたが好きだから。あなたに恋をして、あなたを愛しているから」
「だから僕にはリルルが――」
「私のことは、嫌い?」
リロットが顔を近づける。鼻の先と先とがくっつくくらいに。
目に少女の嵌められている魔法のメガネの力で、その素顔はわからない。顔の印象だけを記憶から削り取る魔法がかけられているのだ。
そのメガネを外そうとして、ニコルが手を
「外してしまうの?」
手が止まる。
「――私は顔を隠したいからこれをつけているの。これを外すのは、
「ぐ…………!!」
ニコルの手が
「――というわけで、今夜も朝まで踊りましょう!」
「うわああああ!」
ニコルの手を強引に手を取ったリロットが、舞台の小ささを忘れたように踊り出す。少年騎士と
くるくる、くるくる、くるくると――。
◇ ◇ ◇
「――まったく、リルルお嬢様ときたら……」
遠く離れた高層アパートの屋根に
「ニコル様に正体が知れても知りませんよ……。
王都にはびこる悪しき風を払うため、薄桃色のドレスに身を包み、レイピアを振るい戦う謎の少女剣士『快傑令嬢リロット』――その正体である、伯爵令嬢リルル。リルルとしてはおおっぴらには手も触れられない恋人ニコルといちゃつくため、
「わたしが求められるがままに道具を貸してしまったのがいけなかったのでしょうか。責任を感じる時がありますね……まあ」
少年と少女、ふたりの影が踊る、踊る、踊る。その心理はともかくとして、踊る――。
「楽しそうだから、いいですか」
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