「狙う」
ニコルが警備騎士団の
西の空が
「母さん……
自分がザージャス家から無事に解放されたというのは、実家に連絡がされているはずだ。早く帰って母や
まずはラミア列車に乗り込み、一区画南へ下ろう。そこから東行きの路線に乗り換え、途中でリルルの屋敷に寄って、エヴァレーのことについて報告をし……。
「ふぅ…………」
様々な思念を心の中でかき混ぜ、ひとり歩くニコル――その背中を遠く見つめるようにして、一人の人影が、ニコルの足跡を正確にたどっていた。
大通りに出ると、
ニコルは真ん中の車両の座席に座り、大勢の乗客に
数分を停留所で待つ間、ロングスカートの人影はニコルに近づかない。少年の視界の中に入らないようさりげなく立ち回りながら、やがて来た東行きのラミア列車にまた同じく乗り込んだ。
次に二人が座ったのは、同じ車両だった。とはいえニコルが進行方向の端の座席、女がその背中を遠く見やる正反対側の座席と、
なんの
大運河を越えた最初の停留所で、ニコルは座席から立ち上がって下りた。女が意表を突かれて
リルルの屋敷に寄るにしても、それはもう少し先の停留所だし、ニコルの実家はここからまだ一区画先だ。
高級住宅地の区画の端っこという地点だったが、ニコルの足が向いたのは大運河の方だった。列車で向かっていたのとは反対方向、西の方角にその足は、迷いもなくスタスタと歩いて行く。もう日も完全に落ちて暗くなった大運河、それに面した
が、これは
ニコルが堤防を上りきり、そのまま向こうに下ってその姿が消える。女もそれに続く。この時間、大運河の堤防辺りは人通りなどほとんどない。
その女の
自分も堤防の一番上に上がり、河川敷を見下ろした視界の中に、ニコルがいなかった。
思わず立ち止まり首を大きく左右に振る。少し離れた距離に大鉄橋があるがそれ以外は開けた地形だ。どこにも隠れようがないのにも関わらず――いない!
「どこ!?」
「――なんの
背中から聞こえたその声に、女の背中の産毛が総毛立った。
「失礼」
女が振り返る前にニコルの手がその右手首を
「駐屯地から
「…………!」
「応えてくれないのなら申し訳ないが、
ニコルは遠い街灯の光が最もよく当たる方向に女の体を向けさせ、その帽子を
今度は、ニコルの方が
「――なに!?」
帽子の中から波がかった豊かな金髪があふれ出た。青白い街灯の光にさらされ、照らされるその白い顔は――。
「――エヴァレー!?」
「放して!」
帽子を奪い返しながら、ニコルの手から少女の腕が振り払われる。驚きのために甘く握っていたわけではないのに、その細腕では想像もできない力にニコルは手を振り
「エヴァレー……無事だったのか! でもどうして? 僕を尾行したり? いや、その前に屋敷が全焼したのは!?」
「……色々と説明することが多すぎるわね。でも、いちいちそれを
自分の
「ニコル、
ニコルが言葉を失った。驚きの表情のままその顔が動かなくなった。
「
「僕が……狙われている……?」
「貴方だけじゃない。この王都に住む名のある人間が大勢狙われている。日が変われば、二百を越える人間の暗殺
「なんでそんなことに……いや、そもそも何故君はそんなことを知っているんだ!」
「いってるじゃない、説明している暇はないって……さあ、急いで帰って、日が昇るまでに王都から出るのよ! 行先はどこだっていいから!」
「そんなことができるわけがないじゃないか!」
エヴァレーは、その返事に顔を
「よくわからないけれど、王都でとんでもないことが起ころうとしているようだね。そんな時に、警備騎士である僕が逃げ出すわけにはいかない。王都に住む人々を守るのが僕の任務なんだ。我が身可愛さで、自分が真っ先に逃げるなんていうことは許されない。僕は――」
「許されなくてもいいでしょう! 死ぬよりはマシだわ!」
「僕が自分を許さない! それは僕に取っては死ぬよりも問題なことなんだ!」
「――――」
ああ、と心の中で声にならない思いがエヴァレーの心に流れた。
わかっていた、
だから自分はこの少年に想いを抱き、そして、人気のない場所を説得の場に定めたのだ。
「エヴァレー、君からも聞きたいことがある。僕と一緒に来てくれないか」
肩を震わせ、うつむいて立ち
その少年の
「……貴方っていう人は本当に、
ニコルが少女の手首をつかもうとした瞬間、
「うっ!」
本能的に飛び
「エヴァレー!?」
いつの間にか少女の手に
「びっくりしたかしら? ――じゃあ、驚きついでにもう一度驚いてもらおうかしら!」
エヴァレーが
「きっ……君は……! いや、
今度こそニコルの喉が
目の前にいたのはロングスカートの少女ではない、そのまま
「――今、思い出したわ。
それを目の当たりにした時の衝撃は忘れていない。しかし、その正体が、よりによって!
「――いまさら貴方に正体を隠す必要もなにもないわ! もうこの場で貴方とは、
迷いのない踏み込みでエヴァレーがレイピアを突き出す。ニコルの反応が
全力を込めて相手の剣を払い、ニコルは前に構えた剣で
「――エヴァレー!」
「貴方の暗殺を
ニコルは答えない。応えられない。与えられる
「ニコル、貴方は信じてくれないかも知れないけれど、
「やめろ!」
手加減のない突きが
が、その打ち込みが感情に任せた、
トドメとばかりに、全身の体重と勢いを込めた
「ええっ!?」
ニコルの手が少女の右腕をつかむ。反射的に手を開かせる手首のツボを突きながら、それをいっぱいにねじり上げた。
「くぅっ!」
エヴァレーの手からレイピアが
転がったレイピアがニコルの足に
「ニコル! この王都から逃げて! ……それが嫌だというのなら、この
「どちらもできない!」
エヴァレーが距離を探るようにすり足で動くが、ニコルが突き出す剣の間合いの長さがそれを
「エヴァレー、その短剣を捨てるんだ! 僕は戦わねばならない! でもその相手は君じゃないんだ! だから!」
「ニコル……!」
自分を斬り捨てたくはない――そのニコルの気持ちに涙が出そうになりながら、エヴァレーは次の選択を
選択肢はふたつしかなかった。
このまま背を向けて現実の全てから逃げ出すか、向かってニコルに斬り捨てられるか。
どちらが
◇ ◇ ◇
「――やっぱりこうなったか」
「あの娘、自分が
「――じゃあ、両方を
長身の男の隣で小銃を構え、伏せている小太りの男が質問する。小銃の上に取り付けられた
「二人とも
長身の男――エヴァレーにニコルとリルルの暗殺を指示したシャダが吐き捨てた。
「俺は先に離れる。お前も
自分の身の安全が最優先なのか、結果を見ずにシャダは指示だけを残してそこを離れた。この開けた場所ではさぞかし銃声がよく響くだろう。
「じゃあ、金髪のガキの方からかな。死んだことにも気づかないぞ、小僧。お前は幸せだよ」
狙撃手の男は、無防備な背中をさらしているニコルの頭を、
距離は二百メルトほど――この距離なら弾は少し
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