「暗殺の対象者」
「…………」
自分の記憶にあるものの全てが、その姿を変えていた。
周囲への延焼は必死の消火活動によって食い止められたが、それは
残っている窓ガラスは一枚もない。内側からの火炎によって
「これで死者がいないっていうんだから、大した話だよな」
警備騎士団として事件の
「目撃者がいる。出火は母屋の二階……ここから見て一番左の部屋だったらしいな。まあ、今はなにもないんだが」
「エヴァレー公爵令嬢の部屋……」
「そうだ。彼女の部屋から炎が上がった。いや、目撃者は『爆発した』といってる。しかしそんな派手な火の気があるところじゃない。十中八九、放火だな。そしてその放火の犯人は」
「エヴァレー公爵令嬢自身、というわけですか」
「この屋敷に放火犯は侵入できないだろ」
辺りには消防局、警察局など大勢の役人が歩き回り、現場を好き勝手にかき回していた。とはいえ全てが焼けた廃材とコンクリートの
「公爵令嬢の
「軽傷者三十三名、行方不明者一名……」
「そういうわけだ。あと、他に知りたいことは?」
「いいえ。だいたいはわかりました。ご協力ありがとうございます」
「
ニコルは一礼し、心にまとわりついてくる
「エヴァレー……」
あの少女が焼身自殺を
自分があの少女を
「……僕が、エヴァレーを焼き殺した、ということになるのか……」
その認識が少年の心の底に、溶けて冷えた
「…………とにかく、勤務が終わったらリルルに知らせよう。まだこの事を知らないかも……」
関係者の車両や馬が
一直線に警備騎士団の駐屯地に向かい、街の中を走らせる。しかし、いつもは心地好く尻を下から突き上げてくる
◇ ◇ ◇
その捨てられた劇場は、
少し前までは、ここで
資金がないのか解体工事も行われず、雨風をしのぐ屋根のあてもない
とはいえ、この貧民街で怪しげではない者たちを探す方が難しいのだが――。
かつて劇場主が詰めていた小部屋と奥の楽屋のみが比較的掃除も行き
その
地図の上には赤、青、黄、緑、白、黒――無数のピンが刺され、そのピンには小さな
鼻歌を歌いながらピンを移動させ、足し、減らす――
「派手な家出だったな」
「――うるさいわね」
いつの間にか背後に現れていた真っ赤なドレス姿の少女が、
「勢いでやっただけよ」
「勢いでお前は家を焼き
「どうせこの王都全体が燃えるなら、同じことでしょう……
「やっと選定が終わったところだ。数が結構多くてな、
シャダと呼ばれた男は小さなテーブルに置かれている分厚い
それぞれ文字がびっしりと書き込まれた二、三枚の紙、そしてこれも二、三枚の顔写真が
貴族、豪商、役人、役者、
それが二百通ほど。大人でも一抱えはある重さだ。
「大変ね、これ。この人数を
「平気だ。俺が直接やるわけじゃないいからな」
ククク、とシャダが
「俺はそれに
「この人数を全部暗殺するのは難しいんじゃない?」
「この半分で十分だ」
「……半分で?」
「百人も名のある人間が暗殺されてみろ。『自分は暗殺される価値がある』とか思い込んでいる奴等が、震え上がることだろう。それぞれが
引きつる笑いが、不気味な
「足りなければ
「……合理的だこと」
「俺たちは、雲の上からそれを見て制御する。足りすぎてる所からは引き、足りなすぎている所には足す。そうして王都が混乱の
短剣が王都の地図、王城の真ん中に突き立てられた。
それが意味することを理解して、エヴァレーが背中を冷やす。
「血を流すことで革命は成立する。血と炎なしにはなにも成し
「
殺し、と聞いてエヴァレーの肩が震えた。自分はまだこの手で直接、人を殺してはいない。投げた爆弾で死者が出た可能性はあるが、その数を確かめたことはなかった。
「本番になれば、殺すのは
「慣れる……慣れる……」
ニコルを得ることで、今までの生活の延長に居続けたい――そんなことを望んだりしてしまったのは、殺人に対しての
革命、という
「……そうよね」
どのみち、ここまで来ては引き返しようもないのだ。そのために家まで焼いてきたのだから。
「……好きなのを選んでもいいのね?」
「気に入る対象があればいいな」
なるべく悪そうな、殺しても
――と、エヴァレーの手が一組の書類に当たって、止まった。
「……どうしてこの人物が入ってるの?」
「ん? ああ、それか」
後ろからシャダがそれをのぞき込む。
「最近有名、というか売り出し中というべきか。身分は准騎士に過ぎないが、
「へぇ……」
内心の激しい震えを
「ちょうどいい、こいつはお前に当たってもらおう。暗殺対象の中でも一番の
エヴァレーの手が動く前に、書類がさらわれる。それを前にして動きを止めてしまったことを、エヴァレーは激しく後悔した。
「さあ、もう一組くらい行け。今度は簡単な相手でいいぞ」
「そ……そうね……」
「これなんかちょうどいいな」
エヴァレーがそれを選ぶ前に男の手が
「貴族の令嬢だが、
「……その娘を殺すのは、結構骨が折れるかもよ」
「あん? ま、こんなところだ。エヴァレー、わかっているな。万が一にでもお前が失敗すれば、他の奴等がそいつらに食らいつく。俺に無駄な出費をさせるなよ」
「……わかったわ」
書類の束がエヴァレーの前から退けられ、代わりに選ばれた二組の書類が並べられて置かれた。
「――
ニコルの写真と、リルルの写真。
その二人が優しげな
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