「寝物語たち」
「なんで君と寝ることになっているんだ!」
「仕方ないでしょう」
互いの存在を確かめられるほどの明るさしか
ニコルは、危機に
「隣の部屋は片付けが間に合わないし寝台も置けない、
「僕は居間で十分だ、そこに移って……」
「まだ体が十分に動かないのに?」
純金の深みを感じさせる濃い金色の髪が、暗がりの中にも関わらず、いや、暗がりの中でこそなのか、淡い光を受けて目に
ニコルは
「別に問題はないでしょう。なにかある?」
「並べ立てられないほどにある!」
「大きな声を出さないでよ。貴方、こんなところを見られたいの」
少女のぷっくりとした
「体も満足に動かせない貴方が
「君は……!」
「冗談よ。いちいち反応が可愛いんだから。――ふふ、そんなに
「…………!」
ニコルは、首がこれ以上回らないことを本当に
頭の中で、
「仕方ないじゃない、生理現象なんだから。貴方にこの敷布団に大陸の地図を
「だからって、君が自ら世話することが……!」
「
すっと、ニコルの
「貴方に興味があるのよ、
「君だけだ! あんなことをされたのは!」
「それはとても光栄ね。……じゃあ、リルルと寝たことは?」
「あるはずない……!」
ニコルの心臓がうずくような痛みを
「貴方、結構モテるでしょうに。誰かと
「ない! どうしてそんなことばかり聞いてくるんだ!」
「興味があるっていったでしょ。人の話は聞いていなさい」
頬に当てられた手が今度は髪に回る。乱暴にしてくれればいいのにと思うが、ニコルの意に反してその指は金色の髪を優しい手つきで
「リルルに
「誰ともしてない! 僕がキスをしたのは、リルルと――」
「リルル以外と、したことがあるのかしら?」
「――リ、リルルだけだ……!」
ニコルは
「本当に面白いわね、貴方。――知ってる?
「知りたくもない……!」
「あのリルルのどこがそんなにいいの?」
「君にいってもわからないことだ。これは二人の問題なんだから」
少女の指が少年の髪をつまんで、指に絡める。
「どうせ、未婚の女性に手を出すことなどもってのほかだとでも思ってるんでしょう。それでリルルに操を立て続けて――いいの? 貴方、一生女を抱かないつもり? リルルと結婚できる当てでもあるの?」
「希望は……あるんだ」
エヴァレーが、瞬いた。
「快傑令嬢を、リロットを
「……はい?」
エヴァレーの目が、
「二ヶ月程前、陛下が
「ぷっ!」
耐えきれずにエヴァレーが
リルルと、リロットと、ニコル――その奇妙すぎる三角の関係の
「あはは、あははは、あはははは……!」
「なにが……」
「お……
リルルがニコルに明かすわけが、明かせるわけがない――自分がその当のご本人、快傑令嬢リロットであることなどが。エヴァレーにはそう断言できる。それくらいにはリルルを知っている自負があった。
「笑わないでくれ。僕は真面目なんだから」
「ま……真面目だからこそ可笑しいのよ。そう……そうなんだ……あははは、あはは、あははははは……!」
「ふふふ……
最後の言葉は耳に入らないようにしてやった。今、ここでリルルがリロットであることを教えてやろうかといたずら心が首をもたげたが、それは
「ふふ……ま、いいわ……」
寝ましょう、といってエヴァレーは布団に潜り込んだ。
「明日になれば、貴方も歩ける程度にはなるでしょ。面白いものを見せてあげるわ……いや、つまらないか。あまり
「なんだ、それは……」
「――
◇ ◇ ◇
「そう、ニコルにはまだ、
「――うん」
夜のフォーチュネット邸、リルルの寝室。
足元を照らすだけの明かりを
枕を二つ並べ、いつまでも途切れない話を続けている少女たち――リルルとサフィーナ。
昨夜、ゴーダム邸で一夜を語り明かすようにして共に眠った二人は、今日はリルルがサフィーナを
「当然か……ニコルが知ったら、きっと止めるでしょうね……」
「私、今はやめるわけにはいかないの。やめられない理由もできたの。ある人と約束したから」
ひとりの名前を、リルルは心の中であたためる。大切な名前。
「続けられる限り続けるって約束したの。こんなつまらない私でも、私が
「……そんな快傑令嬢を、ニコルは、貴女と結婚する条件として追い続けている……」
その
「私のせい。ニコルには申し訳ないことをしているのはわかってる。わかってるの。でも……」
それぞれに顔の半分を枕に
フィルフィナはいつものように、壁一枚を
「今は、ニコルには明かせない。けれど……いつか、ニコルの前で全てを告白して、謝らないといけない……いつか……。その日が
いつの間にか、リルルとサフィーナの二人の間で、心の
全ての色を失せさせる暗闇の中に自分を置いていると、明るさの中では開かなかった心の引き出しの鍵が、いつの間にか解かれるものなのか。
「――リルル、物事の順序を
「うん……」
サフィーナが今、
「大丈夫。ニコルは強い人よ。それは私も貴女も知っている。だからお互いに同じ人を好きになったんじゃない」
「……サフィーナ、私」
体を起こそうとしたリルルを、こちらを見もしないサフィーナの手が上がって制した。
閉ざされたカーテンの上の方で、小さく光の輪が輝いていた。――満月か。
「いいのよ、私のことは気にしないで。相手に好きな人がいるのをわかっているのに、
「……ありがとう、サフィーナ……」
「お礼をいわれるようなことでもないの。リルル、貴女はもっと堂々としていなさい」
まるで姉のような強さと広さで、サフィーナは言葉を
「私はニコルのことが好き。そして、ニコルが愛している貴女のことも好き。そういうことなのよ、リルル」
「……私も、そういってくれるサフィーナが好き……」
「よかった。厚かましいと嫌われてなくて」
背中のサフィーナが、笑ったような気配がした。
寝物語の時間は終わったようだ。数十秒の空白の時間がそれを告げていた。
二人、合図もせずに時を同じくして目をつむる。そうしないと明日という日が来ないというように。
「明日のことは、明日考えましょう。おやすみなさい、リルル」
「……おやすみなさい。サフィーナ」
◇ ◇ ◇
隣のエヴァレーの寝息が
「――――く……」
体の感覚が、
まだ東の空が白む気配もない深夜の時間だ。ニコルは布団から体を
音の全てを殺し、寝室の扉を
そのまま
窓をわずかに開けると、音もなく風が吹き込んでくる。揺れるカーテンに顔を
「――いるんだろう。昼間から気配はしてたんだ」
「なんだ、気が付いてたのか」
声は意外に近い所から聞こえた。次にヌッと体を伸ばすようにして顔を見せたその人影に、ニコルはわずかに濃い水色の瞳を大きく開いていた。
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