「約定と尋問と」
土に着いたふたりの膝はそのまま動かず、しかし感情の揺らぎに
互いの顔を確認し合い認識し合った瞬間に、共に動けなくなっていた。
あり得ない、と最初からその可能性を頭の中から
「あ……
「……貴女、本当に、エヴァレーなのよね……?」
エヴァレー以外の何者でもないのはわかっていながら、リルルは聞くしかなかった。容疑者として想像もしていなかった人物が、真犯人として自分の目で
「どうして、公爵令嬢がこんなことを!」
「それをいうなら貴女とて伯爵令嬢でしょうが! ……ふ、ふふふ……でも、貴女が快傑令嬢リロットというわけか……正体を見なければ信じられないけれど、見てしまったら貴女以外にないような気もしてきたわ……」
問い詰めるリルルが怒り、問い詰められるエヴァレーが
「あはは、はは、あははははは……! この
二人は立ち上がろうとし、同時に片膝を屈した――もう、互いに斬り込むための
「――どう?」
そんな、
「リルル。ここは、二人で協定を結ばない?」
「協定ですって……?」
「
「だからって、貴女の不法を
「このまま別れて帰って、その後で
エヴァレーが笑う。挑発するように。
「
「く…………!」
「
「…………」
「ザージャス公爵家の一人娘が偽快傑令嬢をやっていたなんていうのは、冗談とも取ってもらえないことなのよ。――のろまなグズ令嬢の貴女が、世間を
振り上げられたエヴァレーの手に握られていたムチが、彼女の真上に
「
「偽快傑令嬢の貴女を信用しろというの!?」
「
「――
「エヴァレー!」
「貴女のあの金色の想い人によろしくね。……面白いことが起きるから期待してくれていていいわよ――ふふふふ!」
魔法の
「金色の想い人……? ニコルのこと? でも、どうしてニコルの名前がここで……」
リルルの耳に
『――お嬢様、無事ですか?』
「フィル! どうしたの、あなたにしては長引いて……」
『申し訳ありません、ややこしいことになってしまって……」
いつもの明瞭さが
「そちらも終わったようですね。
「逃げられてしまったわ。私はケガひとつないけれど……」
『残念です。――先にお屋敷に戻っています。すみませんが、お嬢様は独力でお戻りください、では』
「あ、ちょっと!」
耳飾りからの声は途絶えた。
フィルフィナが無事なのはよかったが、様子がおかしい。本来ならなにを置いても、こちらに
「……私も
払い落とされたメガネを拾い、リルルは取り出した
◇ ◇ ◇
「フィル?」
快傑令嬢としての衣装から普段着に着替え、
明かりひとつついていない屋敷にログトが帰っていないのはいつものことだが、フィルフィナの姿もない。
自分の居室のドアを開け、手持ちランプの青い光で部屋の中を照らしたリルルは、テーブルの上に一枚の書き置きが残されているのを見つけた。
小さな紙片にひとつ『鏡』と書かれている――フィルフィナの字だ。
「アジトに来いっていうこと?」
万が一、ログトに見られても問題ないようにする暗号だ。
いつもと
「ま、行ってみればわかるか……」
「――フィルったら、散らかして、もう」
「――あれ?」
◇ ◇ ◇
リルルたちは秘密のアジトを王都の南西部、今は
転移鏡でそこに瞬間移動したリルルは、とんでもないものを見ていた。
「はぁ――――――――あああ!?」
素っ裸であろう胴体を、
「フィル――ッ!?」
「お嬢様、わたしはここです」
「え?」
目に飛び込んできた
素性を隠す戦闘服である黒装束の
「え、えええ、え? フィルが吊られていて、フィルが下にいて、あれ、あれ?」
「こちらがわたしです」
掃除もロクにしていない床に額をこすりつけている方のフィルフィナが、そういった。
「ということは、こっちのフィルは――」
「うわあ~~ん! 助けてぇぇぇ――!!」
緑のふわふわした髪、尖った耳、涙に濡れたアメジスト色の目、小さな体格――フィルフィナにしか見えなかったが、よくよく見ればフィルフィナよりもやや小柄に見えるし、なにより声が全然
「あたしが悪かったから、悪かったから下ろして! 息が苦しい、息が苦しいよおおお!」
「うるさい!
額を黒く汚したフィルフィナが、首を曲げて上を見上げる。
「お前のような
「い――
「その通りなのです、お嬢様――本当に、本当に、本当に申し訳ありません!!」
フィルフィナが再び床に額をなすりつける。そこだけ本来の床の色が出て来そうな勢いだった。
「わたしの妹、この愚かな家族のために、お嬢様に大変なご迷惑をおかけし! 本来ならばお嬢様がお帰りになる前に、自害して恥を
「ちょ、ちょっと、ちょっと待って」
「お姉ちゃん、死んじゃやだぁ! どうせ死ぬ前にあたしも殺すんでしょう! 死ぬならひとりで死んでよぉぉ!」
「クィルクィナ、わたしに、わたしに、こんな
「嫌だぁ! 油にまみれてなくても嫌だぁぁ!」
「ク……クィルクィナ?」
吊して点火されたねずみ花火のように暴れている小さなフィルフィナの姿に、リルルは
「わたしの妹です! 馬鹿妹の馬鹿双子の片割れです!」
「フィル、あなたに妹なんていたの!? し……知らなかった……」
母親がいるのは知っている。面識もある。だが、その存在とて、フィルフィナと知り合って十年も
「あの馬鹿母も恥ずかしいですが、こちらの馬鹿妹はさらに輪をかけた馬鹿馬鹿で……もう、どうしてわたしの家族は馬鹿、馬鹿、馬鹿ばかりなのでしょう!」
フィルフィナの
「それが、よりにもよって偽快傑令嬢に力を貸していたなんて、もう、フィルはこのまま溶けて消えてなくなってしまいたいくらいです! お嬢様、どうかこの拳銃でフィルの頭をお撃ちください! その後、この
「うわあああぁぁぁん! 活け作りは嫌だぁ! あたしを刺身にしたって美味しくないよぉぉ!!」
「
フィルフィナが地面に叩きつけるように差し出した拳銃を、リルルは遠くに投げやった。
「エヴァレーに力を貸していたって、本当なの!?」
「エヴァレー!? あの
手をついたままフィルフィナが体を跳ね上げた。もうおでこが可哀想なくらいに真っ黒になっていた。
「そうよ、お互いに相手の正体を隠す道具を外し合ってしまって、それで私も素顔を見られる
「そんな取り決めは……」
「信用はしていないけれど、お互いの弱味を握り合っているのだもの。やられたらやり返すまでよ。――ねぇ、クィルちゃん、でいいのかな?」
「下ろして、
「あなた、エヴァレーとどういう関係なの? ちゃんとお話してくれたら悪いようにはしないから」
「お嬢様、手ぬるい! わたしが尋問します。知っていることはもちろん、知らないことまで全部白状させて見せます!」
立ち上がったフィルフィナが手にしたムチを一振りする。中に小さな歯車を満載した金属の集合体が、その
「クィル、素直に白状したら苦しまずに殺し、里に
「どちらにしたって殺されるよぉぉ! なにお嬢様か知らないけどお嬢様、助けてぇ!
「ああああ……」
リルルはこめかみに痛みを覚え、この場にうずくまりたくなった。取りあえず聞き出さなければならないことを頭の中で整理し、尋問の段取りを考えるところから始める必要があった。
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