「眼鏡と覆面の、その奥」
「貴様、いつの間に鉄箱の中に! ……いや、最初から入っていたのね……! と、いうことは……!」
偽快傑令嬢の声が震え、揺れた。それを合理的に説明するにはひとつの結論しかなく、それはとんでもないことだったからだ。
「そうよ! 全て警備騎士団と私、快傑令嬢とで最初から計画された、あなたを
「……じゃあ、
「それもデタラメに決まっているでしょう!」
「このペテンがぁっ!!」
真の快傑令嬢リロットたるリルルが、二十メルトの高さから舞い降りる。常人なら骨折が
「あ……
「あなた、やり過ぎたのよ。偽者の快傑令嬢を捕まえたいと私が持ちかけたら、警備騎士の方々は
全ては計略だった。
偽りの発掘報道、偽りの移送作戦、偽りの財宝――!
「鉄箱に入ったまま
「こ……こんな見え
「大人しくお
「誰が従うか!」
真っ赤なドレスが踏み込む。空気の層に穴を残すほどの
「――ふん!」
「――まあ、いいわ。本物が私を
「誰が渡すものですか!」
今度はリルルが
「負傷者を大勢出してくれて、
「話すわけがない!」
剣と剣、刃と刃、鋼と鋼が
リルルとすれば、怒りに
対して、偽者の方はその
「く、う、く――――!」
急所を的確に
今までこうも剣を打ち合ったこともない。どこかで意識を切り替えなければ、最後には殺されてしまうという
この状況を、変えるには――。
「くっ!」
木々の間から
木の幹に、二本の矢が絡み合うような格好になって突き刺さる。
自分はどこかから矢で狙われ、そしてどこかからの矢で助けられた――!!
「お任せあれ!」
木と木の間からフィルフィナの声が飛ぶ。ずっと荷車を追跡していたフィルフィナが援護の矢を放ったのだ。目と耳だけを露出させた体の線を全て出す黒装束で全身を包んだフィルフィナが、二本目の矢を弓につがえる。
「向こうにもわたしと同じ弓使いがいます! それはわたしが始末します!」
「わかったわ!」
フィルフィナは枝から枝に飛び移り、ここからは葉の
「――こっちに注意を向けさせないと!」
枝と枝の間を飛ぶフィルフィナに対し、応射が来る。それは決して人間にすれば甘いものでもなかったが、フィルフィナにしてみれば子供の
射る矢を全て弾く相手の
「――この弓の精度と身のこなしは、エルフ族のものですか……!」
まだ見通せぬ先にいる相手、それが同族である認識は、
「そこ!」
必中の間合いを確信し、フィルフィナは葉の向こうに姿を隠す相手に向け、一撃を
「あくっ!」
小さな悲鳴が上がり、これもまた小さな影が零れるように枝の上から地面に落ちる。流れる動作で弓を捨てて短剣を抜いたフィルフィナは、その人影に向けて猫種族の
「ひゃあっ!」
自分とほとんど同じような黒装束を身につけた小さな――小柄なフィルフィナよりもやや小さい体格だ。うつ伏せに倒れた体に馬乗りになり、フィルフィナはその黒い
「あいたぁっ! 痛い! 痛いよぉ!」
「大人しくなさい! ――あなた、エルフですよね。殺しはなるべくやらない主義ですが、お嬢様の命を
「いやだ、いやだぁ、死ぬなんていやだぁ!」
「うるさい!」
「うきゃあ!」
もう一度頭を引き起こして地面にぶつけ、相手の脳が揺れるほどの衝撃を加える。黒装束の中身は少女なのか――ほっそりとした体つきに甲高い声からして、そうとしか想像がつかなかった。
「わたしを
右手の短剣の刃を、相手の首の真後ろに突き付けた。そのまま全体重をかけて押し込めば、
「――くぅ……!」
――そう理解していても、今手をかけようとしている相手の幼さに、そこからフィルフィナの体は進まなかった。
「いやだぁ、死にたくないよぉ! 助けて、お願い、死にたくない、痛いの
覆面の下から必死の声が飛ぶ。
「痛くないようにしてやるといっているでしょう! ジッとしていれば、楽に死ねます!」
「いやだ、いやだいやだいやだ! 痛くないのもいやだぁ! 助けて、怖いよ、死にたくない、死にたくないよぉぉ!」
「――ええい、やりにくい! いい加減
「ごめんなさい、ごめんなさい!! あたしいい子になるからぁ! 死にたくない! 死にたくないぃ!! 助けてママ、助けてスィル、助けて――助けてぇ、
その
「――お前は!?」
◇ ◇ ◇
快傑令嬢と偽快傑令嬢の
「――くぅっ!」
「はぁぁぁっ!」
どちらも決め手を
相手の
――そして、そのリルルの防御を
フィルが戻ってくれば
「はぁっ……、はぁっ、はぁっ……」
「ふぅっ、ふぅっ、ふぅぅ、ふうう…………」
相手の弱点を見定める集中力、剣を繰り出す腕力、反撃で襲いかかってくる斬撃をかわす体力、その全てを
エルフの魔法の道具でリルルが身体能力を底上げしているとはいっても、相手も同じような装備を着けていれば、最後には人間それ自体に宿った力の差によって、勝負は決せられる。
その決着が訪れる予感が、同時に二人の
「――フィルを頼っていたら、取り返しがつかなくなるわね。もう、ここは、私ひとりで……」
リルルは剣を縦に構え、その切っ先を相手に向けた。次の一撃が二人の運命を分けるだろうという、確信に近いものがあった。
それは偽者も同様のようだった。一度剣を大きく横に
そのまま相手を正面に
風が吹いた。リルルの微かに青みがかった銀髪が、偽快傑令嬢のカラスの羽のように黒く濡れた髪が、同時に揺れた。
「――――」
二人の間に気が満ちた、としか説明がつかなかった。
まるで、ずっと以前からそう申し合わせていたかのように。
ふたり、同時に、
「――はぁぁぁぁっ!」
「ふぅぅ――ぅんっ!!」
何もかもをも省みない突進が
正確に真っ向からかち合った切っ先と切っ先が激突し、その接触が、目が白く焼けるような光の爆発を起こした。
「っ!!」
「くぅっ!」
本能で互いの眉間を狙い合った一撃同士が、互いのレイピアを根元から叩き折り、破壊した。
刃が相手の顔に向かって弾け飛び、二人は眉間で受けるはずのそれを、ギリギリで
赤いフレームのメガネと赤いマスクとが、宙に舞った。
「――――くっ!!」
その一撃に、全ての気力と体力とを使い果たした二人の少女が、同時に
「――ええええっ!?」
お互いの正体を隠す道具を共に失い、さらけ出された素顔をそれぞれに向け合って――。
二人は、心の底から
「――エヴァレー!?」
「リルル!!」
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