「眼鏡と覆面の、その奥」

「貴様、いつの間に鉄箱の中に! ……いや、最初から入っていたのね……! と、いうことは……!」


 偽快傑令嬢の声が震え、揺れた。それを合理的に説明するにはひとつの結論しかなく、それはとんでもないことだったからだ。


「そうよ! 全て警備騎士団と私、快傑令嬢とで最初から計画された、あなたをめるためのわなだったのよ!」

「……じゃあ、墳墓ふんぼから発掘された埋葬品まいそうひんというのも…………!」

「それもデタラメに決まっているでしょう!」

「このペテンがぁっ!!」


 真の快傑令嬢リロットたるリルルが、二十メルトの高さから舞い降りる。常人なら骨折が必至ひっしなその高さでも、その足は軽やかに地に着いていた。


「あ……あきれた……。犯罪者をつかまえる側が、犯罪者とつるむなんて……!」

「あなた、やり過ぎたのよ。偽者の快傑令嬢を捕まえたいと私が持ちかけたら、警備騎士の方々は諸手もろてげて歓迎かんげいしてくれたわ!」


 全ては計略だった。

 偽りの発掘報道、偽りの移送作戦、偽りの財宝――!


「鉄箱に入ったまま貴女あなたのアジトまで連れて行ってもらう予定だったけれど、なかなか上手くいかないわね。途中で気づいてくれるなんて!」

「こ……こんな見えいた、子供のいたずらのような罠に私をかけるなんて……!」

「大人しくおなわにつきなさいといいたいところだけれど、したがってくれないことを期待しているわ。――でなければ、お仕置しおきができないもの!」

「誰が従うか!」


 真っ赤なドレスが踏み込む。空気の層に穴を残すほどの打突だとつがリルルの胸を狙う――鋭い!


「――ふん!」


 はがねやいばがそれを打ち払う。衝撃と金属音、火花が散り、双方共に飛び退すさって、二人の間合いは開いた。


「――まあ、いいわ。本物が私をさがし回っていたことも知っていたからね……。ここで貴女あなたを殺してしまえば、快傑令嬢の名前は私のものになる!」

「誰が渡すものですか!」


 今度はリルルがみ込んだ。その手からレイピアをもぎ取ろうと手首を狙うが読まれていたのか、すぐに防御ガードが入る。突きは刃の腹で受け流され、すぐさま返された反撃をリルルが間一髪かんいっぱつで払う――剣の技量は、互角!


「負傷者を大勢出してくれて、巨額きょがくの金品をうばってくれて……私と同じく魔法の道具も多数持っている! 誰と協力していて、なにを目的としているの!」

「話すわけがない!」


 剣と剣、刃と刃、鋼と鋼が幾度いくどとなくからみ合い、ぶつかり合い、み合う。


 リルルとすれば、怒りにられているとしても、相手の肌を刃物で傷つけるのはけたいという意識が今一歩、踏み込みを甘くしている。


 対して、偽者の方はその遠慮えんりょもなかった。


「く、う、く――――!」


 急所を的確にねらって繰り出される突きをかわし、はばみ、払いながらリルルは、自分の不利を感じていた。


 今までこうも剣を打ち合ったこともない。どこかで意識を切り替えなければ、最後には殺されてしまうというおそれが頭をもたげ始める。

 この状況を、変えるには――。


「くっ!」


 眉間みけんに突き刺さる予感にリルルは身をひねるが、その必要はなかった。

 木々の間かられる陽光を一瞬受けた輝きがリルルの顔を狙って走り――そしてそれは、まさにリルルの眼前で弾けて飛んだ。

 木の幹に、二本の矢が絡み合うような格好になって突き刺さる。


 自分はどこかから矢で狙われ、そしてどこかからの矢で助けられた――!!


「お任せあれ!」


 木と木の間からフィルフィナの声が飛ぶ。ずっと荷車を追跡していたフィルフィナが援護の矢を放ったのだ。目と耳だけを露出させた体の線を全て出す黒装束で全身を包んだフィルフィナが、二本目の矢を弓につがえる。


「向こうにもわたしと同じ弓使いがいます! それはわたしが始末します!」

「わかったわ!」


 フィルフィナは枝から枝に飛び移り、ここからは葉のしげりで見えない敵の射手しゃしゅに向かい、間合いを詰めた。地上の戦いはまだしばらくはつだろう。相手に一人いるであろう援護役を叩いてから合流すればいい――その計算でフィルフィナは高みを疾走はしった。


「――こっちに注意を向けさせないと!」


 枝と枝の間を飛ぶフィルフィナに対し、応射が来る。それは決して人間にすれば甘いものでもなかったが、フィルフィナにしてみれば子供のわざにしか見えなかった。たれる矢のことごとくを弓本体で払った。


 射る矢を全て弾く相手の猛追もうついに動揺しているのか、接近すればするほど射撃が甘くなる。その技の臭いに、フィルフィナは気づいていた。


「――この弓の精度と身のこなしは、エルフ族のものですか……!」


 まだ見通せぬ先にいる相手、それが同族である認識は、のどなまりの球を詰められる思いだったが、フィルフィナは、それを心から払って矢をつがえた。


「そこ!」


 必中の間合いを確信し、フィルフィナは葉の向こうに姿を隠す相手に向け、一撃をった。


「あくっ!」


 小さな悲鳴が上がり、これもまた小さな影が零れるように枝の上から地面に落ちる。流れる動作で弓を捨てて短剣を抜いたフィルフィナは、その人影に向けて猫種族の敏捷びんしょうさで飛びかかっていた。


「ひゃあっ!」


 自分とほとんど同じような黒装束を身につけた小さな――小柄なフィルフィナよりもやや小さい体格だ。うつ伏せに倒れた体に馬乗りになり、フィルフィナはその黒い頭巾ずきんの後頭部をつかみ、一度、地面に頭を大きく叩きつけた。


「あいたぁっ! 痛い! 痛いよぉ!」


 おさないとしか聞こえない声が飛んだ。自分は子供を相手にしていたのか、とフィルフィナの心がわずかに波打った。


「大人しくなさい! ――あなた、エルフですよね。殺しはなるべくやらない主義ですが、お嬢様の命をねらったとあれば容赦ようしゃはできません。抵抗ていこうしなければ、苦しまずに死なせてあげます」

「いやだ、いやだぁ、死ぬなんていやだぁ!」

「うるさい!」

「うきゃあ!」


 もう一度頭を引き起こして地面にぶつけ、相手の脳が揺れるほどの衝撃を加える。黒装束の中身は少女なのか――ほっそりとした体つきに甲高い声からして、そうとしか想像がつかなかった。


「わたしをうらまないように。あんな偽者の快傑令嬢に手を貸したあなたが悪いのです――お嬢様、わたしはもう一つ罪を重ねます。どうかお許しください」


 右手の短剣の刃を、相手の首の真後ろに突き付けた。そのまま全体重をかけて押し込めば、脊髄せきずいを一撃で破壊して、苦痛を感じることもない――。


「――くぅ……!」


 ――そう理解していても、今手をかけようとしている相手の幼さに、そこからフィルフィナの体は進まなかった。非情ひじょうの領域に、手がびなかった。


「いやだぁ、死にたくないよぉ! 助けて、お願い、死にたくない、痛いのこわい、痛いの怖いよ!」


 覆面の下から必死の声が飛ぶ。


「痛くないようにしてやるといっているでしょう! ジッとしていれば、楽に死ねます!」

「いやだ、いやだいやだいやだ! 痛くないのもいやだぁ! 助けて、怖いよ、死にたくない、死にたくないよぉぉ!」

「――ええい、やりにくい! いい加減だまりなさい!」

「ごめんなさい、ごめんなさい!! あたしいい子になるからぁ! 死にたくない! 死にたくないぃ!! 助けてママ、助けてスィル、助けて――助けてぇ、お姉ちゃん・・・・・!!」


 その知っている響きの・・・・・・・・声に、フィルフィナのアメジスト色の目が見開いた。


「――お前は!?」



   ◇   ◇   ◇



 快傑令嬢と偽快傑令嬢の剣戟けんげきの激突は、まだ続いていた。


「――くぅっ!」

「はぁぁぁっ!」


 どちらも決め手をき続け、短時間の内に何十回、何百回とレイピアとレイピアが打ち合わされる。三分もない交差の重なり合いだが、その一撃ごとに、二人の体力と精神力は確実にすり減らされていく。


 相手の消耗しょうもうを待つ間に自分も消耗してしまっている状況じょうきょうがわかりながら、非情ひじょうの手段にうったえられないリルル。

 ――そして、そのリルルの防御をくずせない偽快傑令嬢。

 フィルが戻ってくれば均衡きんこうは崩せる。そのフィルがなかなか戻ってこない――。


「はぁっ……、はぁっ、はぁっ……」

「ふぅっ、ふぅっ、ふぅぅ、ふうう…………」


 相手の弱点を見定める集中力、剣を繰り出す腕力、反撃で襲いかかってくる斬撃をかわす体力、その全てをついやしきった二人は一度、呼吸を合わせたように大きく間合いを空けた。


 エルフの魔法の道具でリルルが身体能力を底上げしているとはいっても、相手も同じような装備を着けていれば、最後には人間それ自体に宿った力の差によって、勝負は決せられる。


 その決着が訪れる予感が、同時に二人の脳裏のうりに宿っていた。


「――フィルを頼っていたら、取り返しがつかなくなるわね。もう、ここは、私ひとりで……」


 リルルは剣を縦に構え、その切っ先を相手に向けた。次の一撃が二人の運命を分けるだろうという、確信に近いものがあった。

 それは偽者も同様のようだった。一度剣を大きく横にぎ、静かに突きの構えを整える。


 そのまま相手を正面にとらえ合い、それぞれの心の中で、時計の秒針が音をきざみ、刻まれる度に、何かが高まった。


 風が吹いた。リルルの微かに青みがかった銀髪が、偽快傑令嬢のカラスの羽のように黒く濡れた髪が、同時に揺れた。


「――――」


 二人の間に気が満ちた、としか説明がつかなかった。

 まるで、ずっと以前からそう申し合わせていたかのように。

 ふたり、同時に、み込み合った。


「――はぁぁぁぁっ!」

「ふぅぅ――ぅんっ!!」


 何もかもをも省みない突進がやいばの旋風を、突風を生み、それが二人の間で合わさり――、

 正確に真っ向からかち合った切っ先と切っ先が激突し、その接触が、目が白く焼けるような光の爆発を起こした。


「っ!!」

「くぅっ!」


 本能で互いの眉間を狙い合った一撃同士が、互いのレイピアを根元から叩き折り、破壊した。

 刃が相手の顔に向かって弾け飛び、二人は眉間で受けるはずのそれを、ギリギリでかわし合い――。


 赤いフレームのメガネと赤いマスクとが、宙に舞った。


「――――くっ!!」


 その一撃に、全ての気力と体力とを使い果たした二人の少女が、同時に両膝りょうひざくずした。メガネを失ったリルルが銀の髪を払って顔を上げ、切り裂かれたマスクをぎ取られた金色・・の髪の少女も、またあごを上げた。


「――ええええっ!?」


 お互いの正体を隠す道具を共に失い、さらけ出された素顔をそれぞれに向け合って――。

 二人は、心の底からき上がった衝撃を、そののどから声としてしぼり出していた。


「――エヴァレー!?」

「リルル!!」

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