「園遊会・その五」
「陛下、どうして、
「ベクトラル伯、コナスは我が母の妹の息子、つまり我が
ベクトラル伯――コナス・ヴィン・ベクトラル伯爵。
本当に、本当に短い間、リルルの婚約者であった男性。決して
「コ……コナス様……」
その名を聞いた瞬間、リルルの胸が焼けた。熱くなった感情が心の中を
リルルの心の歯車が、逆回転する。わずかに
この腕の中にあった彼の、血まみれの最期の顔――満面の笑みが、鮮明なほどに脳裏に浮かび上がった。
「
会場に詰めかけている貴族のほとんどが、息をするのも忘れて
が、ヴィザード一世の
「余が不在だったばかりに、お前の運命を
「は……はい……」
そう、リルルはなにも知らないことになっている。
『異変』が起こっている間、屋敷の中で
自分はなにを知っていて、なにを知らないことになっているのか――素早く頭の中で整理し、リルルは、選びに選んだ言葉を口に乗せていた。
「……本当に、本当に短い間でございましたが……コナス様にはとても親しく、とても優しく接していただきました……。あの方から、色々なことを学ばせていただきました……。
戦うのをやめないでくれ、と言葉を
――
「先日、コナスの墓に参った。リルル、お前も
「へ、陛下……!」
国王の頭が
「あ……ありがとうございます……!」
大粒の涙が玉となって
この一ヶ月、
「私も、あの方の婚約者であった者として、陛下のお言葉を
心の底から押し寄せる涙の津波を止める
切ない――切なすぎる切なさに、心が耳では聞き取れない高周波の悲鳴を上げている。
「――リルル」
国王が、前に――壇を一段下り、リルルに歩み寄った。
見守る群衆が、今度こそ悲鳴に近い声を上げる。声を上げなかったのはログトだけだった――見たことも想像したこともない事態を
「従兄弟のために泣いてくれるのか。いい、
国王の手のハンカチが、リルルの
「お、
「紳士は二枚のハンカチを持っているものだ。一枚は自分の手を
身じろぎすらはばかられるリルルの頬を
「お前の心が涙を止められる日が来るまで、側にいて拭い続けてやりたい。しかし、現実にはそれもかなわぬ、せめて、このハンカチを肌身離さず持っていてくれ。余の代わりに、お前の涙を拭えるように」
「陛下……!」
「いいのだ、持っていてくれ。なにか
下がってよい、と
国王が所定の位置に戻ってからも、貴族たちのざわめきは微震動のように続いていた。
「どういうことだ、陛下はどうして、フォーチュネットの娘に対してあのような振る舞いを」
「まさか、陛下はそろそろお
「――魚貴族の娘を? まさか……」
「いや、陛下は
「嫁を取るには、理想の相手ということか……」
「お父様」
「リ、リルル、とにかく来い、こっちに」
すれ違う人間、その全ての注目を受けながら、リルルとログトは人並みの中をかき分けて抜けた。
「言葉のやり取りはほとんど聞こえなかった。陛下は、どうしてお前に対し、あのようなお振る舞いをなさったのだ」
「私がコナス様の婚約者としての立場であったから、それにお気をかけてくださったのよ」
「うむ……いや、それにしては親しげな雰囲気だった!」
頭を下げ続けながら人の波をかき分け、二人は群衆から脱出する。
「お前が陛下のお后に……いや、これは想像したこともなかった!」
「はぁ!? そんなことあるわけないじゃない!」
「だが、万が一ということもある! と、取りあえず様子を見よう。しばらく
「……はいはい」
夢物語に震えている父を見て、リルルは細く長い息を
「――偽快傑令嬢をニコルが
「リルル、なにかいったか?」
「ううん、なにも」
取りあえず今は時間が欲しい。偽快傑令嬢は
◇ ◇ ◇
「――ランバルト、
「サーバス二世の
国王と並んでも体格的にはなんら
「報告ではかなりの財宝が出たと聞いている。万が一にも、我が先祖の墓が盗掘に
「承知致しております。我が警備騎士団の総力を
「頼むぞ、王都警備騎士団団長」
「はっ」
マントを
貴族たちが話題にする対象は、ニコルから完全にリルルへと移ってしまった。
「――で、実際のところどうなのですかな、フォーチュネット伯」
「きっと陛下から
普段は『魚貴族』と
「――えらい目にあったな!」
待機させていた馬車に飛び乗るようにして乗り込み、ようやく身内だけになれた解放感に、ログトは体から力の全部を抜いた。
「私が知りたいぐらいだ。私も陛下が即位されてからずっと園遊会に出席してきたが、あんなことは見たことも……。リルル、お前、本当に心当たりは他にないのか?」
「本当にないんだってば」
「とにかく、しばらくお前は外を出歩くな。屋敷の中でじっとしていろ。――フィル、リルルの監督は任せたぞ」
「承知致しました」
フィルフィナが頭を下げ、心の中で舌を出す。
外に出るな――そんなことをいわれても守るわけにはいかない。
自分たちには用事があるのだ。
「私の代で、国王陛下からなにかを
「――いやよ。陛下から持ってるかどうかお
「むぅ」
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