「鮮烈の号外」
その高らかな『快傑令嬢』の名乗りを、姿勢を正して受ける余裕のある者は、一人としていなかった。
最も無事だったといえるニコルでさえ、
「ぐ……う、う、うう…………」
焼けるような
そんな中、危険を
カツ、カツ、カツという響きに、声が重なる…………。
「――なによ、いってたほど大した爆発じゃなかったじゃない。これがエルフの爆弾? 爆薬の量を
音が近づく。このまま行かせてはならない――目を開けても何も見えず、指一本すらまともに動かせない中で、ニコルは、
「ま……待て……」
脳の機能が乱れているためか、指の先まで痺れが張り付いて取れない手を、文字通りの手探りでニコルは
「きゃあっ!?」
「お前は……誰だ……」
「――放しなさい!」
「うっ!」
もう片方のハイヒール、その
「安月給の分際で! 大人しく寝ていればいいのよ! なにを無駄に根性を見せようとしているの! この
「ぅあっ!」
相手をつかんでいた右腕が
少女の足首を
「こ……こいつ!」
「ぐぅっ!」
ニコルの腕を、鋭いヒールが
「死に
腰に差されていたレイピアが抜かれる。その切っ先がニコルの首筋に当てられた。
「――殺す……だって……?」
「……できないことを、いうもんじゃないよ……」
「なんですって……?」
「……君に、その手で人を殺せるほどの度胸はない……」
大きな黒い瞳が揺れた。
「君は、人殺しを爆弾の爆発のせいにすることはできても、その手でなにかを
「人を殺せる人間と、殺せない人間……そして、人殺しを他の責任になすりつけることのできる人間が……君は最後の部類の、いちばん
「――
ニコルの頭が、兜の上からハイヒールの
「手応えがなければ殺せるわよ、弾丸のせいにすればいいもの」
ドレス姿の少女の手にいつの間にか、魔法のように現れた拳銃が
「私の指が引き金を引けなかったかどうか、あの世で確かめるのね」
ニコルと少女の視線が、
少女の右手、人差し指に力がかかる――が、引き金を支える機械的な抵抗を押しやるには至らなかった。
銃はおろか銃口すら見ていないニコルの瞳が揺れもせず、少女の瞳をまっすぐに
あと、ほんの少し動くだけで確実に訪れるだろう、『死』。それを全く
「っ……!」
指の関節が固められたような感覚に少女が
拳銃を持つ手が下がる。これも魔法のように拳銃が消え、
「……ああ、わかっているわ――ィル。
空気を張り詰め切らせていた緊張感が、
シンと冷えて
それを聞きつけたのか、少女の口元が大きく歪んだ。
「命拾いしたわね、おめでとう。――今度目の前に現れたら、
ぺっと
せめて、視線だけでも目の前の
「さようなら――生意気な騎士様」
側頭部に加えられた衝撃が意識を吹き飛ばして、ニコルの世界は
◇ ◇ ◇
一夜が明けた。
四方を長さ十二カロメルトの城壁に囲まれた、閉ざされた世界。
それが
そしてまだ人々の大半が
ひとりのエルフの少女が、まだ人通りの少ない高級住宅地を歩いていた。
◇ ◇ ◇
「ふぁぁぁ…………」
高く長い塀で囲まれた屋敷の間を抜け、大通りに出たところで、そのメイド服姿の少女は大きくあくびをした。
「――ああ、わたしとしたことが……。この、完全無欠で器量よし、性格よし、暴力よしのわたしがあくびなどと、人に見られでもしたら……」
思わず大口を開けてしまったことを
幸い、気づいてくれた人間は一人もいないようだった。
「――よかった」
早朝にも関わらず多くの通勤する人々が
「ああ、眠い……結局、日付が変わる時間まで起きていてしまったのですか……完全に寝不足ですね……」
深い
一見するだけではエルフには見えない。エルフ族特有の長く尖った耳は髪の中に隠れていて、強い風が吹き付けてこない限りはその先端がほんの少しだけ、ちらっと見える程度だ。
全世界をくまなく探し回ってもふたりといない、そんな特別な少女。
名をフィルフィナ、という。
「……やはり、サイコロ遊びは
道路には馬車などの車両が列を作り、人の密度が増してきた大通りをフィルフィナは進む。彼女はこれから
「お嬢様ったら可愛い。わたしに負け続けるのをムキになっちゃって、貯金まで全部
小さなあくびが
「
歩きながらフィルフィナはポケットを
――なんの
「――だいたい、多少の
それを小さく揺らし、軽く転がす。何度か目を変え、停止したサイコロを見つめながら、フィルフィナは軽く目を細めて見せた。
「こんな仕掛けでもなければ、ね」
ひとりでにサイコロが転がり、赤い一の目をふたつとも出して、それは仲良く並んだ。
「――ふふ」
それをポケットに戻す。さらに歩を進め、ラミア列車の
いい気分の朝だった。空も晴れ晴れとして青い色を
「さあ、全財産をなくしたお嬢様はどう出て来ますか。おねだりしてきた可愛さに応じて、お金を貸してあげるとしますか。ああ、もう幸せ。果たして、こんなに幸福で許されるのでしょうか……ふわああ」
朝という時間に激しくかき混ぜられる人の移動の
早朝の空気を震わせるように、新聞売りの少年が張り上げる声が響く。遠くに『号外、号外――』という
――強い風が吹いてきた。
「わぷ」
「……なんですか、失礼な新聞ですね……」
両腕両足で絡みついてくるように
見出しに『快傑令嬢リロット、深夜の繁華街に現る』という文面が大きく
フィルフィナの目が、自然に記事の文字列を追う。
「『昨夜午後十時頃、快傑令嬢リロットが予告にて
その続きの文面が、フィルフィナの眠気を吹き飛ばしていた。
「……『大型爆弾を
いつしか、新聞紙を広げるフィルフィナの手が、わなわなと震えていた。
「……九十余人に重軽傷を負わせた? 三億六千万エル相当の貴金属を奪った……!?」
くしゃり、とフィルフィナの手の中で紙がひしゃげる。それをその場で引きちぎってしまいたい
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